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■夏祭りの夜

「うーん……」
ワゴンを片づける私は不安になる。
――このワゴン、どうしましょうか。
今までは覆いをかけて、鍵をして、それで何ごともなかった。
けれど、今はとりわけ人が多いから心配だ。会計箱だってあるし。
何の心配なしにユリウスとお祭りを楽しみたい。
「ちょっと、ワゴンを移動させてきますね」
私が重いワゴンをガラガラと動かし始めると、
「ナノ、手伝うよ」
とエースが手伝ってきた。きっと最終打ち合わせをしたいのだろう。
「あ、ええと、私も……」
出遅れ感あるユリウスが慌てて声をかけるけど、
「いいからいいから、すぐ戻るって」
「ユリウスは待っててください!」
二人して笑顔で彼を止める。
一緒に行っても良かったけど、エースと打ち合わせをしたいから仕方ない。
少し離れて振り向くと、にぎやかな遊園地に立ち尽くすユリウスが見えた。

「ここらへんでいいですか」
私は遊園地の隅にワゴンを止める。するとエースが、もう少し静かな場所を指す。
「いや、こっちの方がいいぜ。こっちの方が目立たない。
噂じゃ、パレードに合わせて抗争を企んでる連中がいるっていうしな」
「え……」
エイプリル・シーズンでも領土争いは密かに行われているらしい。
元の世界なら、警戒して即パレードは中止だろう。
「大丈夫大丈夫。一応オーナーさんも色々考えて、あえてやってるんだろ」
「はあ」
ゴーランドさんも剛胆な人だなあ。

「で、相手の女性はいつ来るんです?」
ワゴンを止め、私はうずうずしてエースに聞く。
作戦はオーソドックスというか、単純だ。
夏祭りを三人で楽しむ。偶然を装って相手の女性が来る。
あとは気を利かして二人きりにしてやるだけだ。
「完璧だぜ、俺の作戦は」
「完璧ですかね……」
二人きりにしたところで、あの時計屋が上手いこと告白出来るのだろうか。
「大丈夫大丈夫、俺にまかせとけって」
こっち方面ではカケラも頼もしく無さそうなエースが胸を張る。
「あ、ユリウス!」
私は手を振る。
気になって来てくれたのだろう。
向こうからユリウスが心配そうに歩いてくるのが見えた。
私は走っていって彼の手を取る。
空には美しい花火、遠くには賑やかなパレード。
ユリウスもぎこちない笑顔で手を握りかえしてくれた。
もうすぐ彼が手を握るのが、見知らぬ女性になると思うと複雑な気分になる。
「二人とも、俺を混ぜてくれよ」
エースが私の逆の手を取る。
たちまち私は、男性二人にエスコートされている図になってしまう。
……しかし二人とも大柄なので、日本人サイズの私は少々怖かったりする。
何となく手を離そうとしたが、二人とも意外に強く握ってくる。
――うう、いくらお祭りとはいえ、恥ずかしいかも……。
でも二人は構う様子が無い。
「行こうぜ」
「行こう」
「え、ああ、はい」
私たちは三人仲良く歩き出した。

「…………」
私は半眼で屋台の群れを凝視する。
遊園地の一角で行われている夏祭りコーナーには初めて来た。が……。
わたあめ、お面、射的コーナー、風鈴市、提灯……そして行き交う人の浴衣。
異世界に日本ブームでも到来しているのだろうか。
最近は問いただすこともあきらめていたけど、一体この世界は何なんだろう。
「ほら、行くぞ」
まるで私の内なる苦悩を読み取ったかのように、ユリウスが私を引っぱっていく。
「ナノ。(ユリウスが)おごるぜ?何が食べたい?」
エースが焼きそばの屋台を見ながら言う。
「あの『(ユリウスが)』って何ですか」
心の声を、普通に台詞としてしゃべりやがった。
ユリウスもげんなりして肩を落とす。こうなることを予測していたという顔だ。
「どうせ屋台の安物だ。好きに飲み食いしろ」
『やったーっ!』
たちまち食い物屋台に走り出す私とエースでありました。
背後から深いため息がしたのは聞かないことにする。

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