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■キスをねだった話

きらびやかな色と光に彩られた夜の遊園地。
大規模なパレードの開催とあって、行き交う人も多い。
「いらっしゃいませーっ!冷たいお飲み物はいかがですかー!?」
私は商売に余念がない。
……と言いたいが。

「何だよ、この珈琲!俺はレモンティーを入れろって言っただろっ!」
お客さまのクレーム中でございます。
暑さと忙しさで集中力が途切れ、大失敗してしまった。
「す、すみません、すみませんっ!作り直しますし、お代は結構ですので……」
「当たり前だ!だいたいこの珈琲も味がひでえし……」
何で全て飲んだ後に言うのかよく分からないし、この人は確かに珈琲を注文した記憶がある。
でも私はひたすら平身低頭。
けれどお客さまは怒鳴りまくり、他の人まで離れていく。
ボリスとピアスはもちろんパレードの最中。
ゴーランドさんは当然、パレードの進行。他の従業員さんも人手不足で駆り出され、
私はお客さまのお怒りが解けるのを待つばかり。けどお客さまは怒鳴り続け、
「悪いと思うなら慰謝料くらい払えよっ!」
「え。それはちょっと……」
さすがに私も顔を上げる。けれど相手は私の会計箱に手を伸ばすところだった。
「だ、ダメです!やめてください!!」
これは×時間帯分の売り上げが入っている。私の努力と遊園地の厚意の塊が。
必死に守ろうとするけれど、相手の方が強い。むろん、周囲は見て見ぬフリをする。
「わっ!」
ついに奪い取られ、無様にカウンターに突っ伏す。
慌てて顔を上げるけど、相手は中身を確かめ、ご満悦だ。
「ガキの店の割に、結構入ってるな。これで三時間帯は豪遊……」
最後まで言い切ることなく、男が倒れた。
会計箱が派手に地面に転がり、中身が散乱する。
そしてワゴンに嫌な色が降り注ぐ。
「だ、大丈夫ですか!?」
私は慌てて相手の人の無事を確かめるけど、その人は返事をしない。
そしてその人が、嫌な色を出している場所は……。
「…………」
誰かに合図された気がして顔を上げる。
遊園地のパレードが遠くに見えた。そして一際可愛いお魚さんのフロート。
見えるかどうか分からないけど、私は手を振る猫さんに、ぎこちなく手を振り返す。
そして倒れてる人を誰かに看てもらおうと、人を呼びに走った。

一時間帯後に誰も見つからず疲れて戻ったとき、嫌な感じのする黒い影が時計を
持っていくところだった。
あとついでに地面に散乱したお金も見当たらない。
誰かが持っていったようだ。
ワゴンの商品も、高額な豆や茶葉が、あらかた消えていた。

…………。
ボーッと監獄を見ている。檻の中の玉露に手を伸ばそうとしている。
「馬鹿だよなあ、おまえも。普通、金をほっぽり出して人を呼びに行くかあ?
そんなことだから×××で×××××な目に……」
ジョーカーは心底から楽しそうに私を罵倒してくれる。
――普通なら傷つくべきなんですが……。
どうしてだかジョーカーの言葉が心地良い。
彼の罵倒が私のもやもやまでカラッと吹き飛ばしてくれる気がする。
夢の中の人だから驚きはしないけど、彼は私の何から何まで知っているようだ。
「へらへらしてんじゃねえよっ!」
鞭が頬をかすめる。彼が蹴った玩具が壁にぶちあたり、どこまでも反響する。
「危ないじゃないですか。ジョーカー」
抗議してもジョーカーはせせら笑い、なおも悪口雑言をぶつけてくる。
口が悪くて粗雑で乱暴な人だ。でも実際に傷つけられたことは一度もない。
それとも、彼が言うところの『囚人』になれば話は違うのだろうか。

私は、またお尻を触られないよう、寝そべった体勢で檻の中に手を伸ばす。
やはり届かない。んでもってジョーカーの嘲笑。
けど、だんだんとジョーカーの言葉が耳を右から左に流れていく。
それどころか次第にうとうとしてきた。
――夢の中で寝るってどうなんでしょう……。
私は監獄の床にうずくまって船をこぎ始めた。
「お、おい!この××××!床で寝るんじゃねえよ!
寝るんならせめて牢獄の中で寝ろよ、おいっ!!」
――いえ『せめて牢獄』って何ですか、『せめて牢獄』って……。
ジョーカーが怒鳴る声が聞こえる。けど私は目を閉じた。

「…………」
薄目を開けると、まだ監獄だった。そして何やら硬い枕の感触。
――そうだ、玉露を取らなきゃ……。
私は寝ぼけまなこで辺りをさわさわと探り、
「どこを触ってんだ、この××女っ!」
「あたっ!」
ポカッとはたかれ、目が覚める。ジョーカーの怖そうな顔が目の前にあった。
経緯が全く謎だけど、私はあぐらをかいた彼の足に、頭を乗せて寝ていたらしい。
そしてさっきから私が触っていたのは……
「痴漢っ!変態っ!!」
私はジョーカーに叫ぶけど、向こうも負けていない。
「いや、それはおまえだろうっ!いいから触るの止めろよ!!」
私も慌てて手を離す。でもなんでだか、まだ起きる気がしなかった。
見上げると、ジョーカーの瞳と合う。不機嫌そうな顔。
「牢屋に入ったら覚えてろよ、毎日いじめ抜いてやる」
「さいですか」
何か罪を犯した覚えもないのに、なぜ収容前提で話が進むのだろう。
私はゴロンと姿勢を変え、仰向けになる。
そして真上のジョーカーに手を伸ばし、頬を撫でる。
「んだよ……×××するぞ」
嫌そうに言われるけど、拒まれない。
代わりに手を握られた。熱い。強い。鞭を扱い慣れているせいか、少し硬い。
「ねえジョーカー。サーカスってどんなところなんですか?」
「うるせえな。だったら次のサーカスに、てめえも来ればいいだろう」
「行けませんよ。だって私はどこの子でもないですから」
元の世界から捨てられ、この世界でも一人だ。居場所が定められない。

「そうだな。おまえは向こうより俺たちに近いところにいる」
相変わらず意味が不明だ。
でも視線が混じり合い、それだけ深く安心する。
陰鬱で無人の監獄に、粗暴な所長と二人きり。
普通なら警戒してもしたりない状況なのに、この上もなく安堵する。
私は逆さの彼に両手をさしのべた。
「ジョーカー、キスしてください」
なぜかそんな言葉が出る。でも彼に求められたら安心出来る気がした。
でもジョーカーは『らしい』反応は一切しなかった。
「おまえ、このままだと本当に牢獄に入ることになるぞ」

ただそれだけを、実に嫌そうに吐き捨てた。

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