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■ブラックさんとホワイトさん

監獄はいつ来ても陰鬱な場所だ。
私は檻の中に精一杯手を伸ばすけれど、やはり玉露はとても遠い。
「うーん、やっぱり届かないですねえ……」
私の傍らで、おなじみの所長は呆れたようだった。
「だから言ってるだろ。おまえ、本当に××で×××で××××だな」
「うーむ。やはりもう一度試しますか」
「いや、だから届かないって何度も言ってるだろ。おまえ、馬鹿だろ」
「…………」
気のせいか憐れむように言われた、二番目の罵倒の方が傷ついた。
私は身体を起こし、自分を冷たく見下ろす制服の所長を見る。
「ジョーカー。暇ならほうじ茶でも出していただけませんか?」
「誰が出すかっ!!」
すぐ側の石畳に鞭が振り下ろされる。音だけで分かる容赦ない力。
当たったら軽く裂傷が出来るだろう。
でもなぜかあまり怖くなかった。
「囚人でもねえ奴を追い出すのも俺の仕事なんだよ。早く出て行け、この××!」
「金銭的に厳しいのでしたら、煎茶でもいいですが」
「何で『渋々譲ってやってる』みたいな顔してんだっ!!図々しすぎんだろ!」
今度は檻をガンと蹴られ、つかんでいた鉄格子が震えた。
彼の足が痛くないのかなと思う強さだ。
本気で私を追い出したいのだろう。
けれど私だって玉露の前を離れがたい。
私はしつこく檻の中にこだわり、ジョーカーに出て行けと脅され罵倒される。
それがここ最近、監獄に来たときの流れになっていた。

そして、いい加減にジョーカーが叫び疲れた頃。
「……?」
私は顔を上げる。監獄に足音がした。
私とジョーカー(と玉露)の世界への初めての闖入者だ。
「やあ、ジョーカー。お仕事ご苦労さま」
「え……」
現れた男性を見て、私は絶句する。
その男は私の前に立ち、私を見下ろして笑いかけた。
「やあナノ。はじめまして」
最初から私の名前を知っている。
でもその姿を見て、私は思わず立ち上がると監獄の所長にすがる。
「ジョーカー、助けてください。変な人がいますよっ!」
すると監獄の所長はややこめかみをヒクつかせ、
「いや、こいつも俺とそっくり同じ顔だろ」
「だから、なおさらじゃないですかっ!!」
「……おまえ、本当に×××してえな」
ボソリとジョーカーが呟いた。同じ顔と服のそっくりさんはただ笑っていた。
新しい方のジョーカーさんは、いくらか話を聞いていたらしい。
冷たい監獄の所長に、
「お茶くらい出してあげればいいじゃないか」
「うるせえ!何で俺がこんな女をもてなさなきゃいけねえんだよ!」
「かまわないだろ。どうせ近いうちに俺たちの管轄になるんだよ?」
彼らの話している内容はよく分からない。
でも気のせいだろうか。監獄の所長にはどこか焦りがあるように見えた。
とりあえず、同じ顔で同じ格好だし、お知り合いらしい。
私はジョーカーの影から顔を出し、新しい彼に礼儀正しく頭を下げた。
「はじめまして、顔と服の変な方。私はナノと申します」
もう一人のジョーカーもニッコリ私に笑う。
「はじめまして、ナノ。俺もジョーカーっていう名前なんだ」
所長の方のジョーカーはげんなりして、
「怒った方がいいぞ。ジョーカー……」
しかしお二人はどうも見分けがつきにくい。
「紛らわしいから、お言葉に甘えて『鈴木さん』『田中さん』とお呼びしますね」
「勝手にお言葉を捏造してんじゃねえよっ!!」
「ではあなたがトム、さっき来たあなたがカーティス=ナイルで」
「何だその名前格差っ!!」
ケンケンガクガク。
その後、お二人の呼び名をめぐってかなりもめ、最終的に『ブラックさん』『ホワイトさん』で落ち着いたのだった……。

しかし、ここは夢の世界というか妙な場所だ。
多少男性不信の気がある私なのに、この二人も監獄も、妙に気安く感じる。
「まあ、馬鹿をからかうのはこれくらいにしましょうか」
私はひとまず場を落ち着けた。
お二人はというと、ブラックさんが鞭をにぎりしめ、こちらに襲いかかろうとし、
ホワイトさんに羽交い締めにされている。
「離せジョーカーっ!!このアマ、殴るっ!!絶対に殴るっ!!」
「落ち着けよジョーカー。囚人じゃ無い子に暴力ふるうのはよくないよ」
どうどうとブラックをなだめ、ホワイトさんは私に笑う。
彼は、会ったことがないのに私を知り、最初から好意を持ってくれているらしい。
不思議の国では珍しくも無い事情だ。
「君がサーカスに来てくれなくて寂しかったよ。でも監獄に先に来てたんだね。
こっちのジョーカーと仲良くなってくれて嬉しいよ」
私もとびきりの0円スマイルでホワイトさんに微笑む。
「お目にかかれて光栄です。それはそうと、サーカスの露天に出店は可能ですか?」
「ごめんね。もう業者は決まってるんだ」
「あ、いえ、こちらこそすみません。ホワイトさん」
本当にごめんね、とホワイトさんは重ねてすまなさそうに言ってくれた。
何だかいい人そうだ。私は冷たくブラックさんを振り向き
「それで煎茶と茶菓子はいつ出るんですか?」
「とっとと出て行けぇっ!」
怒号とともに鞭が振られ、蹴られた玩具がこちらに襲いかかる。
身の危険を感じた私は、ホワイトさんへの挨拶もそこそこに猛ダッシュを開始した。
背後からはホワイトさんの笑い声。
『本当にナノと仲良くなったんだね、ジョーカー』
嬉しそうな、とても嬉しそうな声だった。

…………。
「ナノ、ナノ……」
目を開けると、ボリスの顔が目の前にあった。
「こんなとこで寝ちゃダメだろ。脱水症状になるよ?」
「あ、ああ。ごめんなさい」
私は木陰から起き上がる。休憩時間のつもりが、昼寝してしまったらしい。
「いい夢見てた?寝ながら笑ってたよ」
「あはは、ちょっと」
ボリスに手を引かれ、立ち上がると、気のせいかいつもよりにぎやかな遊園地が
目に入った。
「何かあるんですか?」
「ああ。三時間帯後にパレードがあるんだ」
俺のフロート、絶対に見てくれよ、とボリスが笑う。
そして私も思い出した。
盛大なパレードに合わせて行われる夏祭りの夜。

エースがユリウスを連れてやってくる。

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