続き→ トップへ 小説目次へ ■雪像 エースの話はまだまだ続く。いい加減帰ってほしいのに。 「それで、イースター・エッグ・ロールで陛下が俺を怒ってさ……」 私は何となく適当に聞いている。 『嘘の許される季節』というのが未だに自分の中で引っかかっていた。 けれどエースの次の話には私も反応した。 「で、クローバーの塔では雪祭りをやってるんだ」 「え?」 思わずエースの方を見た私に、彼はニコニコと、 「雪祭りの真っ最中なんだ。君は行った?」 「い、いえ……」 そういえば塔でそんな話をしてたっけ。 塔を出て来てしまったので皆の作品が見られなかったのが残念だ。 するとエースは考えを読んだように懐に手を入れる。 「陛下と行ったときに写真を撮ってきたんだ。君に見せられるようにね」 「写真?」 エースは芝生の上に十数枚の写真を広げる。 私は煩悶も忘れ、写真に見入った。 「これが塔の人の像、こっちが……」 エースは楽しそうに一枚の写真を見せた。 「これがトカゲさんの雪像だ。夢魔さんの像を造ったんだって」 私は写真を見……ただ絶句する。 「ち、抽象派なんですね」 そういうことにしておこう。グレイは多忙なんだから、うん。 エースは他の写真も見せる。 「これが顔なしが作った雪像、こっちもトカゲさんの作かな。暖かかったぜ」 可愛い雪だるまたちにカマクラと……なぜかコタツ。 出来れば手伝いたかった。 あれだけお世話になって、砂をかけることしかせず、と申し訳なさで胸が苦しい。 エースは私の内心を知ってか知らずか、最後に一枚の写真を見せた。 「これは君の像」 「え?」 一瞬、耳を疑った。 けれど写真を見せられて、自分の目が大きく開くのが分かった。 ちょこんと正座し、嬉しそうに茶をすすっている少女の雪像。 細部まであまりにも見事に再現されたそれは、間違いなく私だった。 「何で……誰が……」 「すごい作り込みだろ。雪祭りでも誰の作品だろうって、注目されてたぜ」 「それに、この場所は……」 「そうだね。君の店のあった場所だ」 信じられない。写真で見る限り、完全にきれいになっている。 確か最後に見たときにはゴミの不法投棄までされていたはずだ。 「ああ。けっこうゴミがたまってひどい状態だったみたいだけどね。 誰かがこっそり入ってゴミを全部片づけて、その後に雪像を作ったんだ。 あんまり作業が早すぎて、いつ誰がやったのか目撃した人がいないんだ」 私は少しだけ絶句し、次の瞬間に立ち上がる。 「ユリウスっ!!」 彼以外にいない。 「ナノ、待てよ」 走り出そうとするのを、後ろからエースに腕を引かれた。 こちらは立ち、向こうは気楽に寝そべっているのに、その力は強い。 私は必死に叫んだ。 「離してください!ユリウスのところに行かなきゃ!!」 けれどエースは静かに言う。 「遊園地から出たらオーナーさんの守りが利かなくなるぜ? 遊園地を出たらその瞬間に捕まると思うけどな」 「…………」 一歩外に出れば無法地帯。考えてみると、塔から遊園地に居住を移せたのは、 幸運な偶然がいくつか重なった末のことだ。 そうでなくとも、ここ最近の異性関係にブラッドはおかんむりだったのだ。 ボリスのことが頭に浮かぶけど、何度も便利に使われることはチェシャ猫の矜持が 許さないだろうし彼にも失礼だ。 さっさと行き詰まって困っていると、エースが私の髪に手を絡める。 「だからさ、俺がユリウスを連れてくるよ」 「え?でも、お礼を言うだけですよ?」 引きこもりのユリウスは、外出だけでストレスのたまる人だ。 わざわざ呼び出すなんてとんでもない。 「うん。だから一緒に夏祭りを見ることにする」 「はあ……」 本人の気が進まないのを無理に出てこさせて、お礼になるんだろうか……。 けれどエースは続ける。 「そのとき、ユリウスの恋を手伝うんだ。 相手の女の人に来てもらってユリウスに告白させる。完璧だろう?」 「――っ!」 エースがじっと私を見る。緋の瞳の中には不安そうな少女が一人。 ユリウスの恋を手伝えるのは嬉しい。でもそんなに上手く行くんだろうか。 「行くよ。君が協力してくれるんだから」 エースは笑う。本当に笑っているようだけど、気のせいか嘲笑にも見えた。 「嘘だから夢のようなこともあるし、不合理で不条理なことも起こる」 奇妙なことを呟く。そして私に唇を重ねながら、私の目を見て言った。 「あいつの恋を叶えてやろうぜ。協力してくれるだろ?」 2/8 続き→ トップへ 小説目次へ |