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■エースと話した話

時間帯が夕刻に変わり、遊園地の風が少し涼しくなった。
「ありがとうございましたっ!!」
最後のお客様を見送ると、私はカウンターから出る。
『営業中』の木札を裏返し『準備中』にすると、ワゴンをガラガラと押していく。
片付けの準備だ。

「一進一退ですねえ……」
ひと気の少ない場所に移り、売り上げを数えながらため息をつく。
手伝いがあるときと無いときの差が目立ち始めている。
やはり集中出来ないと味が落ちる。
それでも『美味しい』と言ってくれる人は多いけど、ブラッドには通じなかった。
ついこの間、一口飲むなり眉をひそめ、
『これ以上、劣化する前に屋敷に連れ帰らなければ……』
とだけ言って帰り、それ以来、店に来てくれない。
そんなストレートな反応にはさすがに落ち込んだ。
人を雇うことも一度ならず検討したけれど、どう考えても赤字になる。
「はあ……」
私はすぐに帰る気になれず、ワゴンに覆いをかけ、裏側に座った。
ここなら日陰で涼しいし、だらしなく寝てもお客さんには見えない。
「こんなことで、中立地帯に出店なんて、出来るんでしょうか……」
炎天下に働いた疲れもあり、私はワゴンにもたれて、ウトウトしてきた。

「ん……」
唇に妙な感触を抱いて目を開ける。
「っ!!」
いつの間にか、エースの顔が目の前にあった。
座ってワゴンに持たれる私を覆うようにかがみ、唇を重ねてくる。
「ん……んんっ」
必死に顔を振り、胸を叩くけれど、頑丈な騎士様には全く通じない。
むしろ抵抗すればするほど強く抱きしめられる。
夕暮れの遊園地で人通りは少ないけど皆無なわけでもない。
けれど通行の邪魔にならないように、ワゴンを隅の茂み近くに置いたこととや、
ワゴンに覆いをかけておいたことが災いした。
ボリスやピアスもパレードの準備で不在。このあたりは完全に死角になっている。
「……!」
ねじこまれる舌にかみつき、やっとエースに反応がある。渋々といった感じで顔を
離したものの、大声を出す前に手で口を覆われた。
「……!……っ!」
「静かにしててくれよ。すぐ終わらせてあげるから」
首を振るけれどエースは構わず、実に楽しそうに私を茂みの中に引きずり込んだ。

…………。
コートを着ながら、エースは笑う。
「ごめんごめん。痛い?今は俺もオーナーさんに目をつけられてる身なんだ。
だから、つい急いじゃって」
「…………」
私は茂みの中の芝生に横になっている。
ゴーランドさんもエースに警戒してくれてたんだ。
多分ボリスから伝わったんだろう。後でお礼をしないといけないな。
コートを着たエースは立ち去らず、私の横に座る。
「でも具体的に何をしてたかまではバレてなかったみたいだね。
でなきゃ出入り禁止にされてたところだ。良かったよ」
不名誉がバレるのと、バレないまま同じ轍を踏んだのと。
どっちが良かったのか分からない。
暑くて汗をずいぶんかいている。今すぐにシャワーを浴びたいと思いながらも、
動くのがひどくおっくうだった。
せめてのもの意志表示に、エースに背を向けると、
「怒るなよ。君だって、まんざらでもなかったみたいじゃないか」
頭を無遠慮に撫でる手。
「…………」
「本当に悪かったって。あ、お詫びにきれいにしてあげるね」
それでどう感謝しろと。
でも暑くて暑くて。
抵抗すら面倒で、大人しく服を整えられるままになった。

…………。
遊園地の空は、未だに美しい夕焼けが続いている。
「それでさ、卵を踏んじゃって陛下が怒って……」
エースは未だ帰らず、横たわる私のそばに寝そべって、話しかけてくる。
何度も私の髪に手を絡め、時に口づけて……あと、なぜか腕枕。
はたから見れば茂みの中でいちゃつくバカップルそのものだ。
けれど恋人どころか知人ですらいたくない。
「でさ、帽子屋さんのとこでは運動会を……」
あちこちのイベントの話、サーカスの話。
悔しいけれど、何となく聞き耳を立ててしまう。
「君がサーカスに来なかったから、ペーターさんがガッカリしてて……」
私が一言も返答しないのに、全く気にした様子がない。
けれどエースの話を聞きながら頭の隅に思うことがある。
――『今』って、いったい何なんでしょう……。
私は思ったままを口にする。
「エース、今って何なんですか?」
「え?俺と君が情熱的な愛をかわした後の……」
相手がエースなので、軽口に乗ってやらない。
「エイプリル・シーズンですよ。何で季節があるんですか?」
「え……今まで誰にも説明されてなかったの?」
さすがに驚いたようだった。

「ええ、まあゴタゴタしていて……」
クローバーの塔ではそれどころではなかった。帽子屋屋敷でも連絡事項の伝達に
終始し、遊園地に住む頃にはかなり経過し、今さら聞く空気でも無かった。
するとエースは馬鹿にした様子もなく、そうかそうかとうなずいて教えてくれた。
「今はエイプリル・シーズンなんだ」
沈黙。
「……それだけですか?」
エースはうなずく。
「そうだよ。嘘が許される季節なんだよ」
「…………」
さっぱり意味が分からない。
けど何だろう。心の奥底で何かが呟く。
『それで納得が行った』
『納得行くわけがない』
一体何に?そんな私を見ながら、エースは言う。
「君もさ。誰と身体の関係がどうこうとか悩むなよ。
今を楽しめばいいんだ。
どうせ、過ぎてしまえば全ては『嘘』になるんだから」
エースの言葉の意味はカケラも分からない。
けど、この世界で一番親切なのは、実は彼ではないかと。

なぜか、ほんの一瞬だけ錯覚した。

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