続き→ トップへ 小説目次へ ■最初のお客さま・上 あれから何ごとも無くサーカスから皆が帰ってきて。 サーカスの団長の名前に首を傾げつつお土産やお土産話に喜んで。 そうして平凡に過ごすうち、サーカスの記憶も少しずつ薄れてきた。 そんなある時間帯のこと。 その夜、遊園地のライトを遠くに感じながら、私は灰になりかけていた。 「で、出来た……」 目の前には準備の整った珈琲(+紅茶)スタンドがある。 苦節ン十時間帯。試行錯誤を繰り返し、いろんな人に意見を聞き。 ついに私の店『銃とそよかぜ遊園地支店』が完成した。 本店については聞かないでほしい……。 私みたいな女の子でも動かせる軽量サイズのワゴンに、出来る限りの機材と原材料を 乗せた。通好みの方からお子様まで満足させられそうな厳選メニュー。 ちょっと座って休みたい人向けに小さなベンチも一つ用意してある。 もういつでも開店出来る状態だ。 喜びを分かち合える人がいないのは残念だけど、満足感でいっぱいだった。 「すぐ開店したいけど、少し休みますか」 私は材料の最終チェックをし、最後にエスプレッソマシンを稼働させ、深煎り珈琲 を抽出した。そしてすぐに氷とシロップを混ぜ、シェイカーでシェイクする。 それを紙コップに入れると、 「うん。良い泡立ちですね」 美味しいシェケラートの完成である。シロップの量が気になるけど、そこはお客様 の反応を見ながら調節するしかない。 私はカフェインと甘味を取って、自分に気合いを入れた。 「さて……」 紙コップを捨て、私は立ち上がる。 門出を祝うように花火が盛大に輝き、遠くで歓声が上がった。 「まあしばらくは様子見でしょうけどね」 見たことはないけれど、どこかの区画で夏祭りをやっているらしいし、この派手な花火だ。 当分は誰も来ないだろう。 私は立ち上がり、黒エプロンを締め直すと、ワゴンの正面にかかった『準備中』の 木札を裏返し、『営業中』にする。 そしてワゴンの内側に立てば、もう私は小さなお城の主。 「さて、最初のお客様はいつ参りますかね」 と、私はにやけ顔でひとけのない遊園地を…… 「ダージリンのファーストフラッシュ。むろんホットで」 「…………」 反応が遅れたのは注文内容のせいだけではない。 「……ブラッド。何ですか、その格好」 ありえない生き物がいた。 着物姿のブラッド=デュプレが立っていた。 「何、とはお言葉だな。お嬢さん。これは正しい夏の正装だそうだ」 「そ、そうでしたっけ?」 私へのサプライズで着ているわけではなさそうだ。第一、女に媚びる彼ではない。 しかし……何だろう、この壮絶な違和感。 「この前は、私に艶めかしい電話をありがとう」 「あ、あれは……あははは」 ひたすら笑ってごまかすしかない。ブラッドもすまし顔で 「だが君のさらなる異常を疑って情報を詳しく集めさせた結果、こうしてめでたく 『自称カフェ』の再開を知ることが出来た。君の壮絶なボケもたまにはいいものだ」 「…………」 たまに、この人のケンカを猛烈に買いたくて仕方ない。 「え、ええと。その着物、たいそうお似合いですね、ブラッド」 「それなら視線を虚空に泳がすのは止めてくれないか。ナノ」 そう言って、ワゴンのそばに用意してあったベンチにどっかりと腰を下ろす。 「で、注文の品は、いつ持ってきてくれるのかね、お嬢さん」 その言葉に我に返る。 「は、はい!ただいま!」 慌てて紅茶缶を取り出し、私は慌てて茶葉をティーポットに入れた。 3/5 続き→ トップへ 小説目次へ |