続き→ トップへ 小説目次へ

■監獄の所長

「と、取れないですね……」
私は鉄格子の前にしゃがみ、必死に中に手を伸ばす。
けれど玉露の袋は牢のど真ん中に鎮座しており、まるきり届かない。
扉の方は鍵がかかっており、何度いじっても開かない。
「うーむ。何か長い物……」
道具でたぐり寄せようと、玩具の転がる監獄を見る。
しかし、棒状の物は見つからない。
仕方なく、すぐそばに立っている人に、
「あ、すみません。その鞭を貸していただけませんか?」
「別にいいけど、お代にケツ触らしてもらうぜ?」
「――はっ!」

いったいいつ来たのだろう。私のすぐ側に、制服を着た眼帯の人が立っていた。
私を見る目は、相変わらず冷たく、軽蔑を含んでいる。
――この人、前に会ったことが……。
でも状況が状況だったので、あえて意識からしめだすことにした。
「す、すみません。ここの方ですか?あの中の玉露、私のものなんです」
必死に指差して訴える。けれど眼帯の人は冷ややかに、
「そんなもん知るか。おまえのものなら勝手に取ればいいだろう?」
「扉が開かないんです。鍵を貸していただけませんか?
売り物ならお金をはらいますから」
「鍵なんか持ってねえよ。必要ねえからな。
あと、あれは商品でも何でもねえからな」
……やっぱり一種の芸術なんだろうか。
賞味期限はよく見えないけど劣化が気になる。
多分鞭を借りられても届かないだろう。
それくらい玉露は遠くにあった。
「ああ……私の玉露……」
鉄格子をつかみ、うなだれた。虚しく檻の中に手を伸ばしては宙をつかむ。
そして、お尻に何か感触が。
「痴漢!!」
振り向き、眼帯の人に叫ぶ。
「いやあ触ってくださいとばかりに突き出してたからよ」
痴漢行為をはたらいた眼帯の人は悪びれもせずに笑う。
「おまえ、騎士に後ろから×××されてたときも、気持ち良さそうだったよな」
「――っ!!」
やはりあのとき出会ったのは、夢ではなかったのか。
同時に嫌な記憶を呼び起こさせられ真っ赤になる。
私は半ば逆ギレ気味に、
「ここの偉い方に訴えますよ?」
眼帯の人は嘲笑した。
「はっ。訴えられるかよ。俺が一番偉いんだからな」
「え……」
何やら偉そうに胸を張る眼帯の人をじっと見る。
「ええと……美術館の館長さんだったんですか?」
恐る恐る聞いてみると、怒りの返答が戻って来た。
「ここのどこが美術館だ!ここは監獄に決まってるだろう!」
「ええ……で、では監獄の所長さん?」
「当たり前だ。おまえ、馬鹿か、××××か!?この×××……」
以下、ひたすら罵倒が続くので割愛。
――それなら何で檻の中に玉露を入れてるんですか。
わざわざ鍵までかけて。
突っ込みたいけれど怖くて出来ない。それに……

――何だか、ここ、居心地がいいですね。
暗く冷たい監獄に、私を延々と罵る所長さん。
最低な場所のはずなのになぜか落ち着く。次第に私はこの場所が好きになってきた。

そこでふと、眼帯の人の名前を聞いていなかったことを思い出す。
罵倒を続ける所長さんに、
「所長さん、お名前をうかがってよろしいですか?」
「ああ?てめえみてえな×××に名乗る名前なんかあるわけねえだろ」
決めゼリフもどきな拒絶をされた。何かこの人に嫌われているらしい。
「そうですか。では適当に呼びますね、北条さん。
それで北条さん、この場所についてですが」
「何だ、その名字は!?俺はジョーカーだっ!!」
「良い名ですね、サブロー先輩。それでサブロー先輩、鍵の場所は……」
「だからジョーカーだっつってるだろっ!
ていうか、何でさりげなく名前で呼び出してんだ!!」
「そうですか。で、さっきの続きですが、サブロー」
「呼び捨てっ!?」
そこはかとなく押され属性な人だな、と思っていると。
風を切り、頬のすぐそばを鞭がかすめた。
「危ないですよ、サブロー」
「いや、だから誰が……じゃねえ!
てめえあんまり調子に乗ってると、騎士みてえに×××するぞ?」
その冗談はあまり笑えない。私も笑顔をしまう。
するとジョーカーはニヤリと笑い、
「とっとと行けよ。前倒しで収容してもいいんだぜ?」
「前倒し?収容?どういうことですか?ジョーカー」
「だから、ここはな。てめえの……」
ジョーカーが何か説明しようとした。
そのとき、監獄の風景が少しぼやける。
目がかすんだ?と目をこらそうとすると、輪郭はますますあいまいになり……。

「あれ?」
気がつくと、私は炎天下の遊園地に一人立っていた。
「う、うわ。どれだけぼんやりしてましたか、私!」
慌てて五感を確かめるけど、頭痛もしないしそんなに喉も渇いていない。
長時間立っていたわけではなさそうだ。
――あの人はいったい……。
「と、とにかく日陰に。それと開店準備もしないと……」
とりあえず私は走り出した。

白昼夢の幻を、なぜか忘れがたく思いながら。

2/5

続き→

トップへ 小説目次へ

- ナノ -