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■監獄の芸術?

サーカス開演迫る時間帯のことだった。
私は遊園地の入り口に皆を見送りに来ていた。
オーナーも従業員も行くとのことで、遊園地は臨時休園。
背後には無人の遊園地が広がっている。
「本当に来ないの?ねえ、ナノも一緒に行こうよ」
ピアスは私の翻意を期待している。でも、
「開店準備を優先したいんです。ごめんなさいね」
「ちゅう……」
ピアスは耳と尻尾を力なく垂れる。
何でも私も一緒に行くんだと、はしゃいでいたらしい。
「本人が行きたくないのを無理に誘っても仕方ないだろ!馬鹿ネズミ」
ボリスがこづき、涙目のピアスを引っぱる。
けれどボリスは去り際に一度こちらに駆け寄り……額にキスをした。
「ボリスっ!」
「あははっ!みやげ話楽しみにしててね、ナノ!」
懲りない猫はさっさと走っていく。
「あはは!仲が良くてうらやましいですー!」
「お似合いですよー!」
短い間に親しくなった従業員の皆さんは、実にあっけらかんとしていた。
「いってきまーすっ!」
「ナノさん、お留守はお願いしますねー!」
そして従業員さんたちも出発する。
これまでのどの滞在地にも無いほど陽気な彼らは、好感の持てる人たちだった。
例え、服と髪型が多少アレであっても……。
「ナノ。それじゃあ俺も行ってくるぜ」
最後にゴーランドさんが頭を撫でてくれる。
「次は、一緒に行こうな」
「うーん、気が向いたら行きます」
「気が向くことを祈ってるよ。じゃあな」
「いってらっしゃい!」
私は遠ざかるゴーランドさんたちに手を振る。
振り向きつつ手を振り返してくれた彼らの背も次第に遠ざかっていく。
賑やかな話し声も少しずつ小さくなり……やがて聞こえなくなる。
後には風の音とセミの声、私が残された。

「さてと」
私は教えられた通りに遊園地の門をしめ、内から鍵をかける。
もちろんオーナーは鍵を持っているから心配ない。
「さて、準備をしますか」
私はニコニコして『もう少しで自分の店』になるワゴンへと歩き出す。
エスプレッソマシンの扱いにも慣れてきたし、開店まで本当にあとわずかだ。
やることがあるのは楽しい。
鼻歌を歌いつつ、遊園地を歩く。
遊園地は皆、親切だ。
ボリスは約束通り、あれ以降、関係は深めては来ない。
今まで通りに一緒に遊んで、一緒に食べて、何も無く一緒に寝て。
……ただ100%何もないわけではない。
自分も女性である以上、たまに、ごくたまーに『そういう気分』になる……。
そして、猫さんはなぜか『そういう』ときを確実に見抜いてくる。これはもう動物の
本能としか言いようが無い。どんなに隠していても絶対にバレるのだ。
そんなときの自分は押し倒されても形だけの抵抗しかしないわけで。
ボリスもそれを分かっていて押してきて。で、流される。はあ……。
……というようなアクシデントが稀に起こるくらい。
お利口な猫さんは隠し事も巧妙で、誰にもバレていない。
あとは楽しく過ごしている。本当に楽しい。
そしてふと私は立ち止まる。

空には入道雲、吹き渡る風の音、蒸し暑い夏の遊園地。
無人の遊園地。
「…………」
しばらく真っ青な空を見上げた。
そしてまた歩き出す。
「ま、いいか」
あまりぼんやりしていると、熱中症になってしまう。
「もう少しエスプレッソの練習をしませんと」
タンピングもまだ慣れないし、フォームドミルクもときどき失敗する。
「アイス珈琲、アイスカフェオレ、シェケラートのレシピを整理して……」
ブツブツ呟きながら歩きはじめる。
その足が、冷たい石畳を踏んだ。
「……え?」
気がつくと、そこは炎天下の遊園地では無かった。

空気はひんやりとし、物音らしい物音もない。
そしてどこまでも続く無人の鉄格子と転がった玩具たち。
陰鬱で退廃的な場所だ。
ここは、つい最近見たことのある……。
「もしかして本当に熱中症で倒れたんですかね、私」
だとしたら、ちょっと洒落にならない。
今の遊園地が無人なだけに、一度炎天下に倒れたら助けてくれる人はいない。
「うーん、困った困った、困りました」
とはいえそれで目が覚めるわけではなく。
仕方なく私は歩き出した。何となく歩けば夢の出口にたどり着ける気がして。

「あれ?」
しばらくボケッと歩いていた私の足が止まる。一つの鉄格子の前で。
私はどうも進むことが出来ず、檻の中に目をこらす。
「……あれは……」
やがて私の目が見開かれる。
その檻の中にポツンと、ある物が入っていた。

高級和紙に包装された玉露。
いつぞやブラッドに切り裂かれた玉露。

っていうか牢獄に収容された玉露!

「シュールレアリスム!?」
新手の芸術か何かかと、呆然する私でありました。

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