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■お店を始めよう!

「ピアスの気持ちがちょっと分かりましたね」
外に出るなりへたばった猫を悠々と置き去りにし、私は遊園地を歩く。
あんな風に、危険な行為を遊び半分で仕掛けられてはたまらない。
それが猫の習性と言われても知ったこっちゃ無い。
遊園地をてくてく歩き、ほどなくしてゴーランドさんを見つけた。

「ゴーランドさん!」
「おう、ナノ!ちょうど良かった!」
こちらに手を振るゴーランドさんは、何かワゴンをいじっていた。
遊園地でよく見かける、アイススタンドの改造版という感じだ。
「これをあんたに貸してやるよ。保冷機能がついてるから、飲み物も冷やせるし、
車輪がついてるから、場所が悪けりゃ移動も出来る。いいだろう?」
「ええ、本当に!」
私は大喜びだ。早くこれを使って美味しい珈琲や紅茶を売りに行きたい。
「その前に……このワゴンの賃料はいくらですか?」
それによって値段設定が変わってくる。機能性もいいし高そうだなと少し心配になる。
「ん−、そうだな。……でどうだ?」
「っ!!」
提示された金額を聞いて凍りつく。
安い。
あまりにも安すぎる。
「心配するなって。うちで使ってる中古のもんを改良したんだ。それで妥当だぜ?」
「そうですか?」
何となく口調が疑わしげになる。
中古というわりに、ワゴンはあまりにもピカピカだ。
「ここは汚れが元に戻る世界なんだ。これでも中古なんだぜ?」
ゴーランドさんは少し焦っているように見えた。
「はあ……」
それにしたって、毎回使う部分の摩耗や直射日光の軽い色落ちはあるはずなのに。
――まさか、私のために新品を購入して……。
いやいや自惚れすぎだ。とにかく格安でこんな立派なものを貸してくれる。
不満があるはずがない。
「ありがとうございます、ゴーランドさん」
深々と頭を下げる。ゴーランドさんはホッとしたように笑った。
「いいっていいって。ああ、紅茶と珈琲豆だけどな。取引材料に集めたやつが倉庫に
結構眠ってるんだ。タダで使ってくれていいぜ。機材も貸してやるよ」
「え、ですが……」
取引材料なら高価なものだろう。無料でもらうなんてとんでもない。
私の表情からすぐに読み取ったのだろう。
ゴーランドさんは頭を撫で、私の額にキスをした。
「女の子が店を持つため、一人で頑張ってるんだ。大人が応援しなくてどうする」
「…………」
「俺や従業員にはタダで淹れてくれること。礼ならそれだけで十分だ」
太陽のような笑顔に、こちらの頬が赤くなる。
――こういう人に弱いなあ、私。
でも甘えすぎだから、なるべくお金で返すことにしよう。
「じゃ、俺はしばらく屋敷で仕事してるからよ」
立ち去るゴーランドさんに何度も頭を下げてお礼を言いながら、そう思った。

「というか、暑いですねえ」
溶けてしまうんじゃないかという暑さだ。
何人かのお客さんが、ワゴンを期待の目で見て、準備中と分かるや肩を落とす。
――よし、さっそく準備ですね!
目指せ、早期開業。まずはゴーランドさんの倉庫にお邪魔して、必要な材料や資材を
お借りしなくては。私が走り出そうとすると、
「ナノ〜、捕まえ……」
後ろから、ゆるーっと手が伸び、私は優雅にかわす。

ファーをつけて汗だくのボリスはへろっと倒れそうになった。
「ボリス。熱中症になりますよ。部屋で休んでいたらどうですか?」
本気で心配になり、声をかけると、
「ね、ネズミに同情されたくない……」
「ネズミじゃなくてネズミ役ですよ」
「今の俺にはネズミ。今のあんたは俺の獲物、なの……」
という割には今にも倒れそう。むしろ私がノックアウト出来そうな。
仕方なく、ネズミ役に徹することにする。
「ほらほら、鬼さん、こちら。手の鳴る方へ」
「ナノ……馬鹿にしてるだろ」
「してますよ。あはははは。捕まえてごらんなさーい」
軽やかにスキップしつつ猫を誘ってみる。
「くそ。意地でも捕まえて食べる……」
ボリスはヘロヘロながらも、次第にムキになってきているようだった。
――捕まったら指一本どころか手ごとバリバリやられそうですね。
時間が経てば戻るんだろう。というか戻ると思いたい。
けどそれまで日常生活は不便どころじゃないし、店も出来ない。
第一、制限時間内ずっと昼が続くとは限らない。
時間のあるうちにボリスから距離を取ろうと、私は遊園地を走り出した。
「ナノ〜」
背後から、亡霊のように悔しそうなボリスの声。
――確か、倉庫のある区画はこちらでしたね。
ボリスは、ゴーランドとの会話を聞いていないはず。
行き先なんて分からないだろう。

軽やかに距離を広げる私だった。

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