続き→ トップへ 小説目次へ ■ボリスとの取り引き・下 遊園地に戻った私はボリスの部屋にいた。 じーこ、じーこと電話のダイアルを回す。 そして相手につながるのを待って、話し始めた。 「もしもし、ブラッド?今、何色のパンツはいてます?」 ガチャン!ツー、ツー、ツー……。 私は受話器を置きながら、ため息をついた。 「この世界の電話って回線が不安定ですよね」 「い、いや、普通、切られると思うよ……あれじゃあ」 ボリスが冷や汗をかきながら言う。 美味しいアイスティーの淹れ方をブラッドに聞こうと思ったのに。 けれど携帯ではない固定電話、しかもダイアル式。 どうも慣れず、緊張して別の質問をした気もする。 せっかくブラッドと妙なことにならず会話出来ると思ったんだけどなあ。 何を口走ったか忘れたけど、ガチャ切りされた。 もう着信拒否でつながらないだろうと諦める。 ――あれ。ダイアル式の電話って、着信拒否出来ましたっけ……? 首をかしげる。けどその前にボリスにじゃれつかれた。 「ナノ。それよりさ、時計屋さんとこにつなげてあげただろ? 約束、忘れてないよね?」 私の首に腕を巻き付け、ゴロゴロと喉を鳴らす。 まあアイスティーについては自分で何とかしよう。 「ブラッドにした約束みたいに『何でも一つ言うことを聞く』ですよね」 「そうそう。何にするかすっごく考えたんだぜ?」 ボリスは友達だし、猫だから、特に何も考えず普通に了承したけど。 いったい何を頼むつもりなんだろう。 「『猫とネズミごっこ』しようよ」 「は?」 『ごっこ』とはまた、えらく子どもっぽい。しかし、彼とピアスの関係は確か……。 「ナノが、何時間帯かネズミ役になって俺から逃げる。 俺がナノを捕まえたら、食べる」 逃げた。 押さえつけられた。 私はソファに手足を押さえつけられながらもがく。 「は、離してください、このケダモノ!食肉目!肉食獣!!」 そりゃ流れ弾が頬をかすめた経験がないわけでもない。けど、いくら何でもそんな ××××××な終わり方は嫌だ。 ボリスはそんな私を心底楽しそうに見下ろす。 「そう。チェシャ猫だからケダモノだよ。 ナノは良い子だから、約束を守ってくれるよね?」 「…………」 友達だと思っていたけど、こんな表情も出来るのだと初めて知った。 それくらい怪しげで、危険なものを秘めた笑みだった。 「ねえ、俺にもナノを独占させてよ」 舌が私の唇のすぐそばを舐める。やっぱりザラザラしていて猫に舐められたようだ。 「ナノ。『ごっこ』だよ?本当に食べたりしないって。 ただ、ちょっと食べるのに近いことはするかもしれないけどさ」 指の一本かじらせてとか、そういうアレか。 まあ怪我でさえ巻き戻る世界だから、そういう危険な遊びが流行るのかもしれない。 「――っ!」 ボリスは私の耳に舌を這わせる。 「ボリス!いくら猫でも、こんなことをするのは失礼ですよ!」 そんな危険な遊戯を持ちかけるのなら、友人関係を考えなおす。 けれどボリスは、怒った私に全く怯まない。 「ずっとあんたを独り占めしたいと思ってたんだ。 ネズミ以外で本気で食べたいって思うのはあんただけ」 ささやかれる低い声。舌どころか手が探るように腿のあたりに触れる。 何というか今にも牙がどこかに突き立てられそうで気が気では無い。 「ボリス。私はまだつかまってませんけど」 冷たく言うと、ボリスは噴き出す。 「ごめんごめん。何か捕まえた気になっちゃった。 あんたがそんな可愛い顔をするからさ」 そう言って、私の上からどき、華麗に一回転して足から床に下りた。 私も仏頂面で起き、ボリスを睨む。すると陽気なチェシャ猫もやっと少し耳を垂れ、 「そんな目をしないでよ、ナノ。俺があんたに嫌な思いをさせるわけないだろ?」 「そうでしょうね。それに、あなたがどんな肉食獣らしいことを考えていようと、 要は私が逃げ切ればいいんですから」 するとチェシャ猫は目をキラリと光らせ、尻尾をゆらりと振る。 「猫相手にずいぶん自信たっぷりじゃない、ナノ。 チェシャ猫と追いかけっこして勝算があると思うの?」 私はゆっくりと窓の外を指す。 「あ……」 ようやく思い出したのか、ボリスが凍りつく。 直射日光がギラギラと照りつけ、うだる暑さの遊園地を見て。 2/6 続き→ トップへ 小説目次へ |