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■エースの友情

遊園地はまだまだ昼の時間帯だ。
「遅いですね。ピアス……」
私はベンチで待つ。あれからピアスといくつかのアトラクションを楽しんで。
そのうちにお互い喉が渇き、『俺、アイス買ってくるね』とピアスが意気揚々と
走り出して。それからかなり経つ。
このままでは時間帯が変わるんじゃないかと思い、私は立ち上がった。
「確か、こっちの方に行きましたよね……」
ピアスの去った方向はアトラクションから外れた、少しひとけのない場所だ。
そちらの方が売店が混んでいないからという、住人なりの買い方なんだろう。

「いませんね……」
いくつか売店を見てもピアスの姿はない。好奇心の強いピアスだ。
帰り道に何か惹かれるものを見つけて、そっちに行ったのかもしれない。
「でも私に何も言わずにいなくなる子じゃないのに……」
と呟きながら、さらにひとけの無い茂みの辺りを歩いていると、
「っ!!」
突然茂みの中から腕が飛び出し、私の口を塞ぐ。
そして逃げる間もなく茂みの中に引きずり込まれた。

「――っ!っ!?」
必死でもがくと、
「ナノ、俺だよ。久しぶり」
状況にあまりにも合わない声が耳元でした。
ハートの騎士エースだった。

私は悲鳴を上げるのを止めた。エースは私を離さないまま、いつもの笑顔で、
「いやあ、遊園地に迷い込んだらネズミ君に会ってさ。
俺を見るなり逃げ出すなんて失礼だよな。でも君に会えたのは運が良かったぜ」
さて、どういう意味の『運が良かった』なのやら。
私は彼から距離を取ろうと、じりじりと足を動かすけど、
「――つっ!」
「逃げないでくれよ。寂しいじゃないか」
騎士に容赦なく手首をつかまれ、胸に引き寄せられた。
「あなたは今、全然寂しくないでしょう?仕事をしたらどうなんですか?」
胸に抱き寄せられながらエースを睨む。
ユリウスが戻って来た今、絡まれる理由はないはずだ。
グレイの前で不快な情事をバラされた記憶も新しく、胸がムカムカしてくる。
「ナノ。まだ怒ってる?」
「怒ってないとでも?」
けれどエースは嬉しそうだ。
「君は寂しそうだね、ナノ。俺のことが、心底から妬ましいって顔をしてるぜ」
「…………」
このザラリとした黒い感情に名をつけるとしたら『殺意』かそれに近いものだ。
「本当にいい顔だ、ナノ。エイプリル・シーズンなのに、君だけは迷子だ。
ひとりぼっちで、どこにもなじめなくて、遊園地にお情けで置いてもらって」
「……エース」
何とかそれだけ言う。けれどエースは陽気に笑う。
「いいね。いつも笑ってる君の、そんな声を聞けるのは、俺だけだ」
この辺りは遊園地の外れで、相変わらず人の気配はない。
昼の時間帯はまだまだ続きそうで、ボリスも部屋から出てこないだろう。
私は半ばあきらめ気味で、エースの腕の中で力を抜く。
いちおう、場所が場所だ。普段ほどひどいことはされない……と思いたい。
するとエースは、素早く悟ったのか、
「ナノー、俺がそっち方向のことしか頭にない男だと思ってる?」
思ってる。他に何か考えていたのか。
「違う違う。今回は君に協力してほしいことがあって探してたんだ」
「協力?」
私は疑わしげにエースを見上げる。
「そ、ユリウスの恋愛について」
「え……!」
私は目を見開いた。

「そう。俺たちのユリウスが恋で悩んでるんだ」

「ユリウスに好きな女性がっ!?」
叫ぶけど、やはりひとけがないので、エース以外誰も聞いてないだろう。
とはいえ本当に驚いた。
「い、いつから!?」
エースの胸の中という状況も忘れ、問いただした。
「さあ?でもエイプリル・シーズンになる前から悩んでたらしいぜ」
「そうだったんですか……」
クローバーの塔で会ったときはそんな素振りは無く、いつも通りの彼だった。
仕事一筋に見えた時計屋の中で、そんなドラマが起こっていたとは。
「本気なんですか?」
「ああ、本気も本気。でもユリウスってああいう性格だろう?
中々踏み切れないみたいでさ。なら俺たちが応援すべきだろ?」
「え、ええ。それなら是非とも応援……しなくちゃいけないですよね」
しかし、しかし。
「何か嫌々って感じの言い方だね、ナノ」
エースはニヤニヤと言う。
「……ええ、まあ。少し」
恩人のユリウスの恋だ。応援したい。応援したいけど……何かモヤモヤする。
私は元の世界の家族構成さえ覚えていないけど、大好きな兄弟に恋人が出来たら
こんな気分になるのかもしれない。
親しい人が別の人間関係に旅立つ寂しさというか、自分が一番好きだと思っていた
人を、見知らぬ誰かに取られる悔しさというか。子どもっぽい独占欲だ。
私は何とかその感情を振り払う。
「ユリウスはその女性とどこまで進んでるんですか?」
平静を装い、エースに聞く。
「全然。気づかれてもいないぜ。好きになってから長いってのにさ」
「ええ!それじゃあダメダメじゃないですか」
これから意識してもらい、想いを伝え、××……コホン、あれこれ経て関係を深め、
最終的にプロポーズして奥さんになってもらう。
相手の女性からリードするならまだしも、動かざること山のごとしの引きこもり男に
そんな長丁場がこなせるんだろうか。
「でも俺は親友の恋を応援したいんだ」
「エース……」
胸を張るハートの騎士に、私は感銘を受ける。
この自滅壊滅自堕落非道男がそんな友情に満ちたことを言うなんて……。
やっぱりユリウスの人徳はすごい。
「ナノ、君ももちろん応援してくれるよな」
「ええ、もちろん。ユリウスのためなら何でもします」
ユリウスの恋愛は複雑だけど、恋のキューピッド役ならちょっと燃える。
するとエースは笑う。
「確かに聞いたぜ。自分で言ったその言葉、忘れないでくれよ」
エースの笑顔に一瞬歪んだものが見えた気がした。
「は、はい」
でも、それはいつものことなので、とりあえず私はうなずく。
「じゃあ、何か協力できることがあったらいつでも言って下さい。それでは……」
立ち去ろうとするけれど、エースは私を抱きしめる腕をゆるめる気配もない。
「……離してください」
「離すと思う?」
やはりエースは笑う。

上司に友情はあっても、私には欲情しかないらしい。

いいなあ、ユリウス。

4/5

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