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■ゴーランドさんとお話

「さ、入ってくれ、ナノ」
「お邪魔します」
セミの声がかしましい夏の遊園地。
私はゴーランドに挨拶に来ていた。

ボリスは、私が住むという確約を取り付けたことに満足し、部屋で休んでいる。
暑さが厳しくて、あんまり外に出たくないらしい。
そしてたどりついたゴーランドのお屋敷は……その、大変に個性的でした。
『待ってたぜ』と歓待してくれたゴーランドさんは……えと、これまたコメントが
しづらいほど、個性的な内装の応接間に案内してくれた。
そして私はソファに座り、ゴーランドさんと向かい合うと深々と頭を下げ、
「そういうわけで、以後よろしくお願いします、ゴーランドさん。
これはつまらないものですが、お近づきの印に」
「あ、ああ。こりゃどうも、こちらこそご丁寧に」
残り少ない所持金をはたいて買った菓子折を差し出す。
あわててお辞儀を返すゴーランドさん。
でもあまり形式にはこだわらない人なのか、さっさと菓子折の包装をはがすと、
まんじゅうの包み紙を開けて一つほおばり、
「お、美味いな。ほら、あんたも食えよ。麦茶もあるぜ」
と勧めてくる。私もお一ついただく。ん、つぶあん最高。麦茶も美味しいですね。

それから私たちは、しばらく滞在のことを話し合った。
「猫やネズミみたいに居候で構わねえけどな」
ゴーランドさんは無精ひげを撫でながら言う。
「うちは遊園地だが、マフィアが簡単に出入りできるところじゃねえし、安全だ。
あんた、厄介な連中に絡まれてるって噂だしな。
このまま居候して、うちを拠点にしてくれてもいいんだぜ?」
「…………」
この間会ったばかりだというのに、私に関する噂はもう一通り収集したらしい。
そういえば再会時、こちらがいきなり大きくなってたのに、驚いてなかったっけ。
飄々としたお兄さんに見えるけど、組織の主なんだなと納得する。
私は冷たい麦茶を飲みながら
「うーん、でも中立地帯への出店が目標なんですよ。
この世界が私を拾ってくれ、ブラッドやグレイに親切をたくさん受けました。
いろいろあったとしても、皆に美味しい飲み物を出す店がやりたいんです」

恋愛関係は彼らのためにも、いずれ決着をつけなくてはいけない。
そしてグレイが、ブラッドが、ユリウスが、ペーターが、ナイトメアが……皆が
喜んで通ってくれるお店をやりたい、という夢に今もブレはない。
わずかな間だけでも夢が叶った時間は幸せだった。
例え開店前や閉店後、時には開店中に何かあったとしても。
「私をどうこうする人を避けながらお店を出すんじゃ、話が逆です。
私が珈琲や紅茶を一番飲んで欲しいのは、その人たちですから」
だからこそ、特定の誰かの物になりたくないという思いもある。

私が飲み終わった麦茶をコトリとテーブルに置くと、ゴーランドさんは、
「大変だな、あんたも」
「単なる馬鹿ですよ」
……本当に馬鹿だ。私は。
窓の外の入道雲を見る。
永遠に続く遊園地。夕立の無い夏の国。
不思議の国で最も夢みたいな場所。
でもここを私の居場所にはしない。

「なら、しばらくは金をためるのが先だな。
よし、それは何とかしてやるから心配するな!」
ゴーランドさんは頼もしく言って立ち上がる。
「よし、それじゃあまず遊園地に行くぜ!」
「店の下見ですか?」
私も立ち上がるとゴーランドさんは、
「違う違う!あんたハートの国でも、一回も遊園地に来なかっただろ。俺が案内してやるからよ。徹底的に遊びつくすぜ!!」
「……へ?」
呆ける私をゴーランドさんは引きずっていく。
そして……。

「いやぁーっ!!絶叫系いやーっ!」
「ほらほら!次は超高速コーヒーカップだ!!」
遊園地に悲鳴が響き渡ったのであった……。

…………。
「んー、次はどこに行きますかね」
フリーパスを手に、私はキョロキョロと遊園地を回る。
今、私は一人だ。
ゴーランドさんは途中までつきあってくれたけど、オーナーなので忙しい。
途中で従業員につかまり、あれこれ仕事の話を始めた。
彼はまだまだ私につきあうつもりだったらしいけど、申し訳ないので、遠慮して
私一人でまわることにした。
するとゴーランドさんは私にフリーパスを渡してくれて、屋敷の方へ帰っていった。
本当にいい人だ。私も、今回はお言葉に甘えて遊園地を楽しむことにした。
「とはいえ、一人でまわるのも……」
ボリスはまだ部屋だろう。第一暑さが厳しいし、無理に外に出すのは気の毒だ。
知り合いは来てないかとキョロキョロすると、そこに見覚えのある尻尾があった。

「ピアスーっ!」
私が人ごみの中に声をかけると、動物のお耳がピンと立ち、彼は振り向く。
鮮やかなエメラルドの瞳が、私をとらえるなり宝石のように輝いた。
「ナノーっ!!」
大輪のひまわりの笑顔で駆け寄ってくる。そのまま踊り出すかという勢いだ。
「遊園地に来てくれたんだね!!すっごく嬉しいよ!」
周りの人に注目されるのを気恥ずかしく感じながらも、私はピアスに微笑む。
「ゴーランドさんにフリーパスをいただいたんです。一緒にまわりませんか?」
「うんっ、うんっ!!」
一にも二にも無くうなずくピアス。
「オススメのアトラクションを教えてあげるね、行こう、ナノ!」
私の手を取り、走り出す。私もそれについて笑いながら走っていく。

この後に何が起こるか知っていたら、何があっても帰っていただろうに……。

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