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■ボリスの部屋

夏。夏の遊園地。花火。プール。入道雲。
……の世界に来たはずなんですが。
ボリスに連れられ、扉を開けた先は別の空間だった。
「何ですか?この大変に個性的な部屋は」
私が言うとボリスは胸を張った。
「俺の部屋!かっこいいだろ?」
そういえば、確かに窓の外からは確かに遊園地が見える。
「…………」
私はこれが部屋なのかとしばし沈黙する。彼から微妙に視線をそらし、
「ええと、まあアーティスティックですね。大変にアヴァンギャルドと言いますか
コミカルでファニーでユーモラスでウェイアウトで」
「そうだろ、そうだろ。かっこいいだろ!」
私の語彙検索努力を無視し、ボリスはさっそく私をソファに案内する。
「さ、座って座って。あんたに見せたいものがたくさんあるんだ!」
「ちょっとちょっと、ボリス。私はまずゴーランドさんにご挨拶に行かないと」
「えー。いいじゃん。そんなの」
私は首を振る。
「しばらく滞在させていただくんだから、まずご挨拶でしょう。
それからお借りする部屋や賃料、仕事の件についても打ち合わせを……」
けれどボリスはきっぱり否定する。
「そんな堅い話、どうでもいいじゃないか。仕事なんかしなくていいし、部屋なら
ここに住むんだから関係ないだろ?」
「いえ、そんなわけに……」
沈黙。
「ここに住む!?」

ボリスはゴロゴロと私に身体をこすりつける。自分のテリトリーに入ったせいか、
完全にくつろぎモード。しまいには膝に頭を乗っけてくる始末だった。
「あんたは、俺の部屋に住むの!」
頭を撫でたい衝動にかられつつ、私は慌てて否定する。
「ダメですよ。いくら友達同士でも男と女が一緒に住むなんて!」
ブラッドにさっきあれほどチクチク言われたのだ。
けれどボリスは目をキラキラと輝かせ、
「一緒に住むのが嫌なら、あんたが俺を飼ってよ。ならいいだろ?」
……猫耳と尻尾をのぞけば普通の男の子を飼えと。どんな倒錯関係ですか。
「ダメです、ダメです。じゃあお迎えありがとうございました、ボリス。
私、ゴーランドさんに挨拶に行ってきますよ。また遊びに来ますね」
振り払って立ち上がろうとすると、
「っ!!」
頭と背中に衝撃が来る。
気がつくと、私はソファに押し倒され、ボリスに見下ろされていた。
「ボリス……んっ!」
首筋を舐められる。
あ、本当に猫だ。舌がザラッとしてる。
そう思うと、何か巨大な猫にじゃれつかれている気分になってきた。
「ねえねえナノ、なぞなぞしよう」
「なぞなぞ?」
「ピンクの身体に優しさと友情がつまったもの、なーんだ?」
一瞬、風邪薬の名を答えそうになり、慌てて打ち消す。
「まあボリスには何度も助けていただきましたけど……」
「でしょでしょ?ナノ、変なことしないから俺の部屋に住んでよ」
目に痛いピンクの猫に、低くささやかれる。
「断ったら?」
薄闇の中、猫の瞳が金色に光る。
「俺があんたを飼う。外になんか出さないで可愛がってあげるよ」
……優しさと友情は入ってるだろうけど、他にもいろいろつまってそうな顔だ。
大きなチェシャ猫に飼われる。あ、何かメルヘン。
「でもですね、ボリス。いちおう男と女ですし、そういう軽いことはちょっと……」
まあ自分が言ったところで説得力があるかどうか。
でもこれ以上、知人間に私の悪評が出回るのは嫌だ。
でもボリスはさらに私の首筋に舌を這わせる。
舌がざらざらしてるせいか、どうも緊迫感が薄い。
まあ猫だし、普段から遊んでいた友達だし、猫特有の悪ふざけなんだろう。
――でも……。

グレイがいつか『チェシャ猫は危険だ』というようなことを言っていた。
この世界の人はたいがい物騒な一面を持ち合わせているけど、ボリスもそうなんだろうか。
「ねえ、チェシャ猫を飼ってみない?」
大きな猫は私の胸に耳を寄せ、心音を聞いている。
無邪気な猫さんはちょっと可愛いかも。でもまだためらいを……。

「ナノ。ここに住めば家賃、タダだぜ?」

私はバッと顔を上げる。
「そうですね。友達同士でルームシェアってことにしましょうか」
「…………」
アッサリ態度を翻した私にボリスは言葉を失う。
「……いろいろ大変なんだね、ナノ」
「ええ、まあ色々と」

窓の外を見ながら遠い目をする私であった。

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