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■悪女日和

「ボリス!」
驚いた。帽子屋屋敷の庭園にボリスが入り込んでいた。
隠れたりせずに堂々と私たちの前に立っていた。
「ナノ。元に戻ったんだね。待ちきれなくなって迎えに来ちゃった。
塔に行ったって聞いたのにいないし、探すのに苦労したんだぜ?」
ボリスは笑うと、私に手を出す。爽やかにブラッドを無視して。
「さ、遊園地に行こう!」
「ええ。ありがとうございます。あ、ブラッド。どうもお世話に」
笑顔で言うと、ブラッドも快く私を下ろして……くれるわけがなかった。
「おチビさんか」
相変わらず私を抱っこしたまま、腕に力をこめ、ボリスを睨む。
そして間近の私を見下ろし、低い声で、
「今度は猫を誘惑か?本当に君という子は少し目を離すと次々に男をたぶらかす。
これは本腰を入れて閉じ込めた方がいいようだ」
すぐに発想がそっちに行くマフィアのボスにムッとする。
「勘違いなさってませんか?ボリスは友達ですよ?あなたと違ってそっち方向の
妄想など一片も持っていませんし、今後そうなることも絶対にありません!
純粋な友人関係!男女の清い友情を築き上げた仲!心の友なんです!」
……何か久しぶりに入れてはいけないワードを入れてしまったような。
で、ボリスを見ると、何か地面に手足をついてエラい落ち込んでいた。
「ぼ、ボリス!?どうしたんですか?」
まさか入れてはいけないワードに精神的苦痛を!?
「いや、どうしたもこうしたも。そりゃ確かに他の奴らに比べて出遅れたけどさ。
何もそこまで対象外って明言しなくても……」
よく分からないけど友達を落ち込ませてしまい、私は慌てた。
で、私を抱いているブラッドはと言うと、何か含み笑いしていた。
「そうかそうか。猫は君の眼中にないのか。残念だったな、おチビさん」
「うるさいよブラッドさん」
ボリスは今にも銃を取り出しそうだった。
私はブラッドの腕の中で暴れる。
が、例によって通じない。
せめて必死に言葉を紡いだ。

「ブラッド。私は、茶園を見にここに来ただけです。
店がダメになったから、遊園地のお世話になることにしたんです。行かせて下さい」
「そういうこと。渡してくれる?ブラッドさん」
けれどブラッドの目は、鋭く光る。
「本当に君という女は……」
「ブラッド。お願いですから放してください」
「断る。今後は私の元に留め、他の男とは関わらせない」
ボリスは今にも銃を取り出しそうだ。
だけどマフィアのボス相手ではさすがに分が悪いようで、隙をうかがっている。
「ブラッド。もう紅茶を淹れてあげませんよ?」
「お嬢さん。子どもを叱るような物言いは止めてくれないか?
ただでさえ新しい浮気に苛々させられているというのに、辛く当たってしまいそうだ」
「浮気じゃないですってば」
「浮気だ。本当に君は……」
ブラッドの説教だか愚痴だかは延々と続きそうだ。
「うーん……」
私は無い知恵を絞る。ボリスの尻尾の振りからして彼の苛々も限界のようだ。
このままでは本当にボリスが銃を抜いて惨事になりかねない。
かといって私にブラッドが説得出来るかといえば難しい。こういうときは……。
――私を解放した方がお得だとマフィアのボスに思わせる……。
「ブラッド、ブラッド」
私はマフィアのボスの耳に顔を近づけて言った。

「今、自由にしてくれたら、後で一つだけ言うことを聞きますよ」

ブラッドは眉をひそめる。
「君のようなお嬢さんが、マフィアのボスと交渉するつもりか?」
「何でもいいですよ?以前泣いたことも、そのときは泣かないで応じます」
ええ。『したいようにする』と明言しているボスも完全な拒否は苦手らしく、私が
泣くと、止めてしまうことが多々ある……もちろん強行されることも多いけど。
「何でもか?」
ようやくブラッドが考えるような表情になる。
「何でも。×××××姿で、紅茶を淹れるとかエ××××××とか×××プレイとか」
「……っ!」
私が羅列した言葉にブラッドが固まる。
「き、君はトカゲや騎士相手にまさか……」
「やってません、やってません。でもあなたならいいかなって……」
子どもだったときの気分が続いてるのか、私はちょっと悪ノリする。
かなーり以前の記憶だけど、ブラッドの、昔の女性の真似をして上目遣い。
恥じらいつつ、ブラッドの胸に『の』の字を書いたりなんかして。
……やってから思いましたが、多分、傍から見たら大爆笑だ。早くも大後悔。
そして誰も笑わない。
さ、寒すぎた!?
しばらくの沈黙の後、ブラッドは私を下ろした。
「何をしてもらうかはこれから検討することにしよう。呼び出しには応じるように」
「は、はい」
足取りも軽く遠ざかるブラッドに、ぎこちなく手を振る。
と、とりあえずは交渉成功ですか?先が怖いけど。
実際呼び出されてから、どうやって屋敷を出るかは……後で考えよう。
そして私は笑顔でボリスを振り向き。
「お待たせしました。さ、遊園地に行きましょうか」
が、ボリスは呆然と私を見ている。
「ボリス?」
そう言うとハッとしたように彼の目の焦点が戻る。
「どうしたんです?あの、アレとかコレとかは本当にやってませんよ?」
念を押しておく。交渉というやつだ。そこまで痴×だと思われてはたまらない。
「い、いや、ちょっと納得してただけ」
何に納得?と続きを待つけどボリスは答えず、空間をつなぐ扉を作り出した。

若干しこりを残しつつも、私はマフィアのボスの魔の手を逃れたのであった……。

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