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■茶摘みをしよう!

帽子屋屋敷の一画に小さな茶園がある。
私の『ナノ茶園』だ。
元は野生のダージリンを私が見つけ、紅茶研究用に栽培させてもらったものだ。

本当は高地の独特な気候でなければ失敗するのに、不思議の国特有の事情か、全滅も
せずに一定量の紅茶を作り出してくれている。
ただ私の事情によっては放置することもあり、潰してくれと何度も頼んでいる。

主は潰すことには了承しなかったけれど、縮小には同意してくれた。
今は本当に家庭菜園程度の小ささだ。

私が久しぶりに訪れたとき、茶園は雑草もなく立派に手入れされていた。
今は秋らしくオータムナルの良い香りがする。
「少し摘んでおきますか」
幸い、茶園の隅に茶摘み用のカゴがある。
私はそれを背負うと、胸までの高さのある茶園に分け入り、茶摘みを始める。
「夏も近づく八十八夜、野にも山にも若葉が茂る……」
何となく歌を口ずさむ。というか今は秋ですが。
先端の新芽フラワリー・オレンジ・ペコー、一枚目の葉オレンジ・ペコー、二枚目の葉ペコーを剪定しつつ慎重に摘み取る。
しばらく歌を歌いながら作業を続けた。

…………。
「こ、腰が痛いです。歌いすぎて喉も枯れました……」
しばらくして、カゴにどっさり茶葉を入れた私は、茶園からゴソゴソと出る。
子どもには過酷な重さになったカゴをドサッと置き、そのまま落ち葉の上に……。
「おっと、危ないな、小さなお嬢さん」
「っ!」
ブラッドに支えられた。
「ぶ、ブラッド……?」
ブラッドはそのまま私を抱き上げ、歩き出す。
「子どもが重労働をするものではない。ほら食べなさい」
「はい……」
口の中にハロウィン用の甘いチョコレートが入れられる。
「ん……」
一生懸命頬張っているうちに、ブラッドは歩き、木の根元に座った。
小さな茶園が一目で見渡せる場所だった。
私はブラッドの膝の上からそれを見る。
「ここは私のお気に入りの場所でね。君が可愛く茶摘みをしている姿がよく見えた」
「…………」
つまり、私の一人リサイタルを盗み聞きしやがったと。
「怒るな。異世界の歌は興味深い。天使の歌声だったよ。ぜひまた……」
「お断りします」
日本の茶摘み歌に、天使も何もあるか。
きっぱり言うけれどブラッドを振り払う余力までは無い。
くてっと腕の中にもたれると、ブラッドが背中を撫でる。
「相変わらず集中すると周りが見えない子だな。そこまで楽しかったか?」
「ええ、とても」
それはうなずく。ブラッドは目を細め、チョコレートをもう一つ口に入れてくれた。
私はブラッドの膝の上でニコニコと頬張る。
「…………」
「ブラッド?」
私は顔を上げる。ブラッドが、何か奇妙な目で私を見ていた。
「え……いや、その……」
ブラッドが必死に首を振り、目をそらす。
まるで、今頭に浮かべたことを振り払おうとしているように。

「……?」
私は少し考え……『もしや』と思う。ブラッドにじーっと顔を近づけ。
「な、何かな?小さなお嬢さん」
私は最高の笑顔で、
「チョコレート、もっとちょうだい、『お父さん』」

「っ!!」

今まで見た中で最大級の動揺がブラッドの顔に走る。
……て、本当に考えてたんだ。意外と能天気な人だな。
子どもと動物は最強と昔から言うが、まさしく。
「ねえねえ、お父さん、抱っこして、抱っこ!」
むろん悪ノリしない私ではない。ブラッドは冷や汗をかき
「ナノ、止めなさい……悪ふざけは……」
「お父さん、お父さん、あたし可愛いお洋服が欲しいな」
「ナノ、本当に……」
「ねえ、お父さん。ナノお母さんはどこ?またケンカしたの?」
「頼むから……」
ブラッドは本当に困り果てていた。
こんな顔のボス、私しか見たことないに決まってる。
私は満面の笑顔で『お父さん』の首に両腕を巻き付けた。ピアスの真似をして、
「お父さん。ちゅーしていい?ちゅーするね!」
「ナノっ!本当に止めなさい!いい加減に……」
ブラッドは動揺が著しい。
私はニヤニヤとブラッドに顔を近づけ。
――あれ?何か身体に違和感が……。

「――っ!」
次の瞬間、私は元の私に戻っていた。

「え?あれ……?」
大きかったブラッドがいつものブラッドになっている。
服もいつもの服に戻り、手足も元のサイズだ。
そして私はブラッドに抱きついて……
「あ……」
「さて、『ちゅー』してくれるんだろう?大きくなったお嬢さん」
形勢逆転を悟ったブラッドは、みるみる余裕を取り戻していく。
慌てて離れようにもガッシリと腰に腕を回され、抱き寄せられる。
そして強引に唇を重ねられた。私は息継ぎの合間に、
「ん……ブ、ブラッド、これには山より高く海より深いワケが……」
「さて、あんな可愛い悪ガキを、私たちも作ってみるか?なあ『母さん』」
さらに深く口づけられる。
不味い不味い不味い不味い!
悪戯が悔しかったのか、かつてなくブラッドが乗り気だ。
すぐ私を抱っこして立ち上がり、ズカズカと屋敷に歩き出す。
ああ、摘み立ての茶カゴが。
「茶は後で屋敷の者にやらせる。君のノウハウのおかげで大分上達したんだ。
私たちも、もう少し上達を目指さないとな」
――セクハラ警報、セクハラ警報!
いや予報だ。しかも彼の場合は降水確率100%だ。
「葬儀屋やトカゲや芋虫のような陰気な連中に囲まれ、店も壊され、もうあの辺り
は住みにくいだろう。これからはずっと屋敷に滞在するといい」
「ブラッド……あの、私はですね……」
「だがまずはお茶会だな。私の部屋で、久しぶりに君の紅茶を飲みたいものだ」
――あー、茶菓子ルートに突入ですか。
紅茶を散々淹れさせられ、最終的に私共々美味しくいただかれる。
んでもってしばらくはベッドから出られない。
「ナノ。心配するな。君はいつも通りに何も考えずベッドに横たわっていればいい」
……いつも通りって、ちょっと。
何というか正面切ってではなく、こう悪気無くナチュラルにアレ扱いされる方が心が
ザックリ傷つくものだなあと思う。
――ていうか、ボリスとの約束が!夏の入道雲の夢が!
遠ざかる夏の草原に絶望を感じ始めたとき。

「ちょっと待ってくれない?帽子屋さん」
後ろから声がした。

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