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■ブラッドのいじわる!

「ブラッドぉっ!」
私の眠気が吹っ飛び、声が出る。
「おや、私の気遣いがそこまで感銘を受けてくれたか。
なら情熱的に私の名を呼ぶだけでは無く、屋敷に住まいを……」
「あ、あ、あなた、まさか小さくなった私に何か……!」
言うとブラッドは笑った。
「いくら君といえど、子どもをどうこうするほど外道ではないさ。
君がお茶会の最中に眠ってしまったから、ベッドに寝かせただけだ」
「あー……」
そうだ。食べ過ぎ……コホン、考えすぎて眠くなったんでした。
うん。だって子どもだもの。
「なら紛らわしい格好しないで普通にパジャマとか着て下さいよ!」
逆ギレの勢いでブラッドに言うと、ブラッドはくつくつと笑いながら、
「ほう、私の身体に今さら照れてくれたとは嬉しいね。
私の側から君に何かする気はないが、君の方から私に興味を示すのは自由だ。
何なら好きなだけ悪戯してくれて……」
「変態は黙りなさい」
ピシャリと遮り距離を取る。
とはいえ子どもの身体が安全だということは保証された。

私はベッドサイドのテーブルに置いてあった服を取り、なぜか着せられていた子供用ネグリジェ(イチゴ柄!)から着替えた。
そしてベッドから飛び下りて部屋の扉に急ぐと、扉を開けようとして。
手が届かない。
「…………」
後ろを振り返ると、ブラッドもベッドで着替えながら楽しそうにこちらを見る。
「どうした?お嬢さん、何か言いたそうだな」
「い、いえ、別に」
この程度の障壁に屈する私ではない。
賢い私はすぐにブラッドの書斎の椅子を……重い……重いけれどズリズリと引っぱる。
「よ、よし……」
椅子を扉の前に設置し、その椅子に乗って軽々とドアノブに手をかけ、ドアを開いた。
――…………。

問題。椅子の上で扉を開き、椅子から降りずにどうやって外に出ればいいでしょう。

背後で聞こえるブラッドの含み笑いは、もはや爆笑一歩手前だ。
誰かに開けてもらおうにも廊下には人っ子一人いない。
――ま、負けてたまるか。
日々努力する私は、これまた必死で走り、そこらへんの本棚から分厚そうな本を
一冊取り出すとヨロヨロと椅子のところまで持っていく。
――扉を開けて、この本を出来た隙間に落とせば……。
本は重かったけどやっとのことで椅子に乗せる。
あとはドアを押して開ければ……あれ?開かない。
さっきは子どもの力で何とか開いたドアが、今はビクともしない。
「たった今、引いて開けるように変えさせてもらった」
背後からブラッドのからかう声が聞こえる。
「え……」
私は絶句する。
それじゃあ、まず椅子をどかして最初からやりなおしだ。
やりなおし……。
――あれ?
何だかじわっと内側からこみあげるものがある。
私はくすんと鼻をすする。
「え……お、お嬢さん?」
ブラッドの声に突然、動揺が混じりだした。
いつも余裕なマフィアのボスだ。こんな彼の声はずいぶん久しぶりに聞く。
けど私はそれどころではなく、ぶるぶると身体を震わせ、
「……う……うう……」
「ナノ、落ち着きなさい、そ、そうだ。お菓子をやろう。何がいい。何でも……」
ブラッドの声に本格的な焦りが出る。
けれどその前に私は……私は……。
「うわぁぁーん!」
大声で泣き出していた。
ブラッドが服を着崩し、慌てて走ってくる足音がする。
「な、泣くな。泣かないでくれ……頼む。私が悪かったから……」
私を抱き上げ、あやすように揺するブラッドだけど、
「ブラッドのいじわるー!」
オロオロする彼の胸をポカポカ叩きながら、私は泣きじゃくった。
――……もしかして子どもになる薬って、身体能力だけじゃなく精神的なものも
等しく子どもになるお薬なんですか……?
そういえばクローバーの塔でも、私はえらく涙もろくなっていたっけ。
知的能力が退行しなかっただけ良かったとは言え、これじゃ私も周囲もたまったもんじゃない。
「ナノ、泣き止んでくれ。いい子だから……」
――いえ、私も泣き止みたいんですが……。
柄にもなく私をなだめるブラッドに、とにかく泣きまくった私であった……。

…………。
「ハロウィンですか?」
「そ。ここは秋だろ?うちじゃハロウィン・パーティーをやるんだ」
ソファに座ったエリオットは私を膝に抱き上げている。
目の前のテーブルには可愛いリボンで包装された菓子箱が山と……比喩ではなく
本当に山のように積まれ、置ききれなかったものがソファや床にまで置いてある。
ブラッドが私をなだめるために用意させたものらしい。

あの後、疲れ果てたブラッドはエリオットに選手交代し、ヨロヨロと部屋から出て行った。
そしてエリオットは私の頭を撫でながら、この時期の行事について話してくれた。
私は棒付きキャンディーをなめながらそれを聞く。
「ほら、ナノ。ニンジンチョコも食えよ」
「い、いえ、それは遠慮します」
「子どもが遠慮するなって、ほら食え」
「はあ……」
かじったチョコの味は微妙でした。エリオットは上機嫌に
「あんた、今子どもだから、ちょうど良かったぜ。
俺たちとハロウィンを楽しんでくれるだろう?」
「ええと、行くところがありますので……」
「気にすんなって!あんた、何の格好が似合うかな。俺が見繕ってやるよ!」
「いえいえいえ!」
あ。でもウサギさん着ぐるみはちょっと楽しそうかも。
「エリオット、私、茶園を見てきますね」
何か長引きそうだったので逃げることにした。
「あ、おい照れるなよ!おーい!」
走り出した時点で『扉をどうするか』と思ったけど、今度は少し押しただけでスーッと開いてくれた。

ボスは子どもに弱いのかな、とちょっと思った私だった。

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