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■秋のお茶会

「ボスはこっちだよ、お姉さん」
本当は茶園に行きたかったけど、まず家主に挨拶することにした。
双子に肩車され、私はまずブラッドのお茶会に行った。
「ボスー!お姉さんを拾ってきたよ!!」
いつもの庭園には、秋仕様となったお茶会の席が設けられていた。
連絡が先に行ったのだろう。ブラッドは小さくなった私に驚いた様子もなく笑う。
「やあ、小さなお嬢さん。やっと屋敷に居を移す決意をしてくれたようだな」
――普通にあいさつしてきますよね。
「決意してませんが。お久しぶりです。ブラッド」
頭を下げたけど、ディーの肩車の上――道中、ディーが、『兄弟だけお姉さんを肩車
するのはズルい』と交代交代で肩車されてきた――だったから、サマになったかどうか。
でもブラッドは意をくんで、礼儀正しく帽子を取って挨拶を返してくれた。
「エイプリル・シーズン最初の再会だ。この前は少々君に当たってしまったからな。
歓待させてもらおう」
――て、前回のことに関してそれだけですか。
詳しくは思い出したくない。
この前屋敷に連れて行かれたとき、騎士がらみでちょっと八つ当たりされたのだ。
謝罪なんか期待してなかったし、そういうボスでは無いと知っていてもため息が出る。
けれどそんなこちらの内心を気にもせず、エリオットが笑う。
「ナノ、座れよ。新作のニンジン料理がたくさんあるんだ!」
帽子屋屋敷の面々は相変わらずだ。
茶園が気になるけどとりあえず、秋なら無事だろう。
私は双子に肩車から椅子の上に下ろしてもらう。
まず紅茶を淹れようと座りつつティーポットに手を……。
――手が、手が届かない。
そういえば子どもになってたんだっけ。
非礼と知りつつ椅子の上に立ち、必死に手を伸ばすも届かない。
必死に必死に手を伸ばす。あと少しな気がした。
頑張れ、私。
もう少しで手が…手が……。
コケた。テーブルに顔面をぶつけました。
「あう」
へこみつつ顔を上げると、周囲の人々が笑いをこらえていた。
ポーカーフェイスを保つべき使用人さんたちまで顔を伏せ肩を震わせております。
「もっと見ていたいところではあるが、今回はあきらめなさい、小さなお嬢さん。
紅茶を淹れるのは他の者にまかせ、秋の味覚を堪能するといい」
「はい……」
上機嫌のブラッドに言われ、みじめな私は(多分)秋の味覚たるニンジンプディングを取るのだった。
「で、最近店はどうだ?」
「…………」
――分かってて言ってるでしょう……。
冷たく睨むと悪びれもせず、肩をすくめられた。
「うちの幹部や使用人も、君の店に通わせてもらっていたからな。
今回のことに関しては大変同情している。ぜひとも再建の資金を当屋敷から――」
「結構です。自分のことは自分で何とかします」
精一杯の虚勢を張る。
「ほう?だが店の修復を妨害しているのは他ならぬ塔の補佐官殿との噂を聞く。
寡聞にして、無から有を生み出す能力なく再建する方法を存じ上げないが」
「…………」
そう言われると返す言葉もない。
どうにか頭のいい切り返しをしたいのに。
「うーん……」
私はニンジンクッキーをかじりながら素直に考える。
一時的に遊園地に世話になるとして、長期的にはどうすべきか。
夢の中のナイトメアの言動からして、今回のことはグレイの独断だろう。
ナイトメアはダメダメとはいえグレイの上司だし、一応、最終的には私の味方らしい。
彼に泣きついて店の修復妨害を止めさせるべきか。
でも不法投棄までされてはもう修復は無理だろう。
どうしてもダメなら説教覚悟でユリウスに借りる手もある。
――でも、それはそれで正しいんでしょうか……。
何個目だかのニンジンパイに手を出しながら考える。
結局誰かに頼って迷惑をかけて。無理に続けても妨害を受けて。
私はそんな風にしてやっていきたいんだろうか。
「んー……」
首をひねって頭をかしげても良いアイデアが浮かばない。
とりあえずニンジンタルトを頬張る。
――考えるのは苦手なんですよね。
それでも考えねばならない状況がある。
ついでにクリームたっぷりのニンジンムースにフォークを刺し、
「…………んー」
ブラッドはまだ私の答えを待っている。
私はさらに考える。でも何も浮かばない。ニンジンマカロン美味しいなあ。
さらに食べる。考えて考えて。食べて食べて。

あ……ちょっと眠くなってきた。

「んー……」
薄目を開けると、ブラッドの部屋の明かりが見えた。
――また連れてこられたんですか。
ぼんやりと考える。
「おはよう小さなお嬢さん。素晴らしい夜だったな」
私の横でシャツの前をはだけ、頬杖をつくブラッドは機嫌が良いようだ。
しかし機嫌が良いのが良いこととは限らない。
――また部屋から出してもらえないコースですかね。
それで実験精神と称して、朝っぱらから新しい試みをされた時には泣きたくなる。
そして私はふと疑問に思う。
――あれ?ブラッドって、こんなに大きかったですか?
「よく眠っていた。まるで、子猫のように」
「はあ……そうですか」
寝起きで私は反応も薄く、ブラッドに頭を撫でられるままになる。
その手もいつもより大きく感じる。
そうしていると、何だかまた眠くなってきた。
「ふむ。眠るのか?まあ寝る子は育つというからな。好きなだけ寝ていなさい」
――……?
寝起きの口説き文句にしては妙だ。
というか、子どもじゃあるまいし、これ以上どこを育てろと。
「……あ」
そこで思い出す。そういえば子どもでした。

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