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■グレイ対ユリウス

「何?」
「遊園地ですよ。遊園地。ボリスやピアスもいるから安全だと……」
「ダメだ」
即答された。そしてグレイは私を抱え、立ち上がる。
「グレイ!?」
「俺は君には期待しないことにする」
グレイはまっすぐに執務室を横切り、扉を開ける。
「それ、ひどいですよ」
「遊園地の連中を安全と言い切るからだ。チェシャ猫や眠りネズミが安全?
君はどの口で言い張るんだ」
グレイの口調に嫉妬の様相はない。本気で警告されているようだった。
――ボリスやピアスが危険ってことですか?
短くないつきあいをしてきたと思うけど、どこが危険なのか全く分からない。
「オーナーは比較的信頼が置ける男だが、君は余所者だ。
奴もいつ心変わりをするか……君はもう俺の部屋に置いておく」
「ええ!だって、さっきは目の届くところにいてくれれば構わないって……」
私は暴れる。でも元の大きさの時点で力の差があった。
今はそれに加えて子どもになっている。グレイには抵抗とさえ映らないだろう。
「気が変わった。俺は君の判断能力を過大評価していたらしい」
……それ、遠回しに私が『馬鹿だと気づいた』と言いたいんでしょうか。
さっきと違う意味で泣きたくなってきた。

「もう外へは出さない。いつまでも俺の部屋にいろ。
そうすれば、ずっと守ってやれるし、君も安定する。
……俺の部屋にいたときのように」
「…………」
否定出来ない。私は急に力が抜けてきた。
「グレイ、私は……」
何とか言葉を紡ごうとするけれど何も言えない。
意思を真っ向から無視されたことが悲しい。
目に涙が浮かんできた。
子どもになっているから、ちょっと感情が弱っているのかもしれない。
涙があふれ、しゃくり上げてしまう。
けれどグレイは構わずに私を抱いたまま歩く。そのとき、

「トカゲ、そいつを自由にしてやれ」

ふいに声が聞こえた。
「……時計屋か」
グレイが低く呟く。
廊下の角から、ユリウスが姿を現した。

二人は向かい合うなり間を置かず舌戦を始めた。
「何だ。部下の非礼を今さらナノに詫びに来たか?」
それはユリウスにも痛かったらしい。苦しげに、
「奴には厳しく言っておいた……」
「それだけか?正式な部下を持てない身はずいぶんと不便なものだな」
「おまえこそ、いつから子どもを泣かせる仕事に転向した?」
言われて、私は慌てて袖で涙をぬぐう。そんな私を見ながら、
「トカゲ。こいつの選択に任せてやれ」
グレイはすぐに言い返す。
「そんなことをしたら、ナノは傷つくだけだ。おまえもそう思うだろう?
今の状態が正しいと本当に思っているのか?
もう本人に任せると悠長なことは言っていられない。今回のことはいい機会だ」
グレイは一度言葉を切る。私はただ身を縮めていた。
「時計屋。俺はナノのことをおまえよりよく知っている。
この子は、自分で決めるより誰かが決めてやる方が楽なんだ」
「トカゲ。私はナノのことをおまえより先に知っている。
こいつは心底から納得しなければ飛び出していく、筋金入りの馬鹿で頑固者だ」
「頑固ということはない。一度閉じ込めれば案外大人しくなる」
――あの……馬鹿という点も一緒に否定していただけませんか、グレイ。
けれど私の心の叫びに気づかず、彼は私を抱きしめる。
「この女は俺がもらう。部下一人、制御出来ない時計屋は黙っていろ」
「女一人留めておけないトカゲが言えたことか。そいつがこうと決めたなら、
どんなに留めておいても逃げるし、来るなと言っても転がり込んでくる」
するとグレイは私を床に下ろし、ナイフを抜く。
臨戦態勢だ。グレイは激怒しつつあるように見えた。
「一度頼られた程度で余裕面か?ナノの何も知らないくせに!」
ユリウスは武器を構えもせず悠然と呟く。
「おまえとの関係も、どこまで合意だったか疑わしいものだな」
「ほざけっ!」
グレイが飛びかかる。
けれど彼の短剣がユリウスの喉をえぐるより早く、別の影が立ちはだかる。
「騎士……貴様っ!」
「なあユリウス、この中で誰が正義だと思う?」
嬉しそうに剣をふるいながらエースはユリウスに話しかける。
ユリウスは私の方に『行け』と合図しながら、
「この場にいる全員だろう」
と言った。エースは笑う。それは嘲笑に似ていた。
「はは。それ、全員が悪役ってことだよな」
私はじりじりと後じさりをしてグレイから距離を取った。
「ナノ……行かないでくれ」
ふいに悲痛な叫びを聞いた。
エースと一瞬たりとも気を抜けない攻防戦の中、グレイが必死に私に訴える。
「もし、君が逃げたら、次に会ったとき、俺は……」
「ナノ、行け。芋虫には私から話しておく」
「ありがとうユリウス。グレイ……本当に、本当にごめんなさい」
私はグレイに深く深く頭を下げた。
そしてきびすを返し、走り出す。
「ナノっ!」
痛いほどの斬り合いが私の胸まで抉る。
子どもになっているせいか極度に涙腺がゆるくなっているらしい。

私は泣きながらクローバーの塔を走り続けた。

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