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■ボリスの説得

しばらくして、ボリスは森の中で私を下ろしてくれた。
このあたりはまだ夏らしい。風は涼しく、鳥たちのさえずりが気持ちいい。
「ここまで来れば大丈夫か。んー、やっぱり森は涼しい」
そう言ってゴロンと木陰に横たわるボリス。私も微笑んで横に座る。
「ボリス、ありがとう」
「ん?友達が困ってたからね。どうってことないよ。久しぶり、ナノ」
そう言ってボリスは寝転がりながら私を見上げる。
「で、あんたはどうして小さくなってんの?
雪で店がダメになったって聞いたから、俺たちも心配してたんだ」
「はあ、実はいろいろありまして……」

私はかいつまんで話す。耳ざといチェシャ猫だから、私の異性関係については知ってるだろう。
クローバーの塔に厄介になったこと、トカゲの補佐官が私のことを心配しすぎて
店の修復を遅らせていること、どうしたらいいか悩んでいたら、ユリウスが薬をくれ、
あちこち回って考えてみろと言われたこと……などを話した。
「ふーん。あんたも変なことで悩むね。頼っちゃえばいいのに。
誰も好きじゃ無いっていうんなら、本当におっさんの世話になれば?
ああいう外見だけど、身分は意外に高くてマフィアとも対等にやりあってるんだ。
世間体も気にする人だから、あんたに手を出さないってのは保証出来るし」
俺も居候になってるしね、とボリスは笑う。
「ね、そうしなよ。仕事が欲しいなら遊園地のカフェで働けばいいよ。
寝るところがないなら俺の部屋に寝泊まりすればいいし」
ボリスはやけに熱心に遊園地滞在を勧める。
私に身体をこすりつけ、ゴロゴロ喉を鳴らす。
そんなボリスの耳を何となくなでながら悩む。
――うーん……。
だんだんと私も遊園地滞在に傾いてきた。

――あんな場所に住んだら、楽しくやれそうですね。
今までの人間関係を一度離れ、新しい場所でやり直せる点も魅力的だ。
冷たい珈琲や紅茶には抵抗もあるけど、研究するいい機会かもしれない。
仕事があるのなら、店の再建資金も貯められる。
しばらく考え、答えを待つボリスに、私はうなずいた。

「そうですね。遊園地にお世話にならせてください」

ボリスの反応は予想外だった。友達だから喜んでくれるとは思っていたけど喜びすぎだった。
「やったあっ!!」
拳を振り上げ、押さえきれずにジャンプし、その場で三回ほどトンボ返り。
それでも喜びを抑えきれないのか小さい私を持ち上げるなり宙に放り投げた。
「うわっ!ち、ちょっとボリス!!」
「ナノ、俺、すっごく嬉しい!善は急げだ、すぐ遊園地に戻ろうぜ!」
「ま、待って、待って下さい!」
私をキャッチし、走り出そうとするのを必死で止める。
「先にナイトメアやユリウスに話して許可をもらわないと……。
ずっとお世話になってきたんですから」
「許可?ナノがいたい場所にいるのに何で許可がいるんだよ」
ボリスは不満そうだった。
「お願いします。すぐ遊園地に行きますから、クローバーの塔に扉をつなげていただけませんか?」
必死に頼むと、ボリスは私を下ろし、渋々そこらの木に向かう。
空間を切ったりつなげたりする役割だというチェシャ猫。
次の瞬間には、木に扉が出来ていた。
ボリスがその扉を開くと、扉の向こうから冷気が吹いてくる。
確かにそこはクローバーの塔だった。
「ありがとう、ボリス」
私は頭を下げる。ボリスも笑って、
「礼はいいよ。あんたはもう遊園地の住人になったんだから」
そう言ってくれるのが本当に嬉しい。
「俺は先に戻って、おっさんに話してくるよ。きっと有頂天になるぜ」
私は扉をくぐり、塔の側からボリスに笑う。
「同じ場所に住めるんですね。楽しみにしてます」
「ああ。あんたが住むんだから、俺も自分の部屋を掃除しとかないとな」
「え?あの、別に私はあなたの部屋に住むとまでは……」
最後まで言わずにバタンと扉を閉められた。
巧妙に話を遮られた気がするのは気のせいでしょうか。
とはいえ、私は気が軽くなって塔の廊下を歩く。
これならナイトメアやユリウスに堂々と報告できそうだ。
長いこと引きずっていた、腰の落ち着け先が解決するかもしれない。

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