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■夏へのいざない

「オーナーさん!だからナノは俺のだよ。落ちてたんだから!」
するとゴーランドさんは私を抱き上げる手を止め、
「は?そりゃどういうことだ?確かクローバーの塔だかどこかに住んでたんだろ?」
「ええと。雪で店がつぶれちゃいまして。
火事場泥棒にもあって、店がいつ再建出来るかどうか」
グレイのことは黙っておく。関係ないことだ。
「え……」
ゴーランドさんはそんな私を見て絶句する。
そして、ふいに顔を伏せる。
「ご、ゴーランドさん?」
何かご機嫌を損じることを言っただろうかと焦ってると、
「ナノ……可哀相に……!」
「へ?……うわっ!」
元々抱きしめられていたのが、三倍増しの強さになった。
せ、背骨が!子ども特有の柔らかい背骨が!!
「なんて可哀相なんだ!こんな小さいのに一人で異世界に来て、店をやってるのに
雪でつぶれちまって、迫害されながら必死に一人で頑張って生きてきたのに!
雪でせっかく再建した店がつぶれて火事場泥棒に遭うなんて!!」
「は……あの。私は別に元から子どもなわけじゃないんですが」
というか雪で店がつぶれるという災難が二回起こった設定になっている。
「一人で辛かったな、寂しかったな!もう大丈夫だ!
俺が父親代わりにあんたを大事に育ててやるから!」
「いえ、お構いなく!!」
いろいろ無理がある。でもゴーランドさんはそういうのが好きな人みたいだ。
何かすっかり父親気分になったみたいで私を抱きしめてきた。
おヒゲ攻撃と背骨の危機を感じつつも、私は考える。
――うーん、けどこんなにぎやかな場所に住むんですか。
ゴーランドさんは安心出来る人みたいだし、ボリスやピアスも信頼出来る友人だ。
ここは真夏の遊園地。湿っぽい要素なんてこれっぽっちもない。
――遊園地に住む。私が。
それは新鮮な夏の風のように私の心に吹き込んだ。

「オーナーさん、ずるいよ!ナノは俺のなんだから!」
「いいや、俺が育てる!将来は世界に通用するバイオリニストにしてやる!」
「い、いや師匠がオーナーさんじゃ絶対無理だから……」
ピアスとゴーランドさんとボリス。三者三様で意味不明のことを言い争っている。
「あのー、ゴーランドさん」
私は恐る恐る声をかけた。
「ん?何だ?ピアニストの方がいいか?」
「いえいえいえ」
異議を申し奉りたいのはそこではない。
目の前の人懐こそうなゴーランドさんに、とりあえず聞いた。
「今の遊園地って、温かい飲み物は売れますかね?」
「は?」
突然全く関係の無い質問をした私に、ゴーランドさんは目を丸くする。
「ああ。その子、クローバーの塔の近くで珈琲や紅茶の売店をやってたんだよ」
素早く察したボリスがフォローを入れてくれた。
するとゴーランドさんは少し難しい顔になる。
「うーん、こう暑くちゃ温かいもんはな。売れ筋はよく冷えた清涼飲料だ」
「ナノはアイス珈琲やアイスティーはやらないの?」
ピアスに聞かれ私はうなる。
長いことホットの世界でやってきたため、冷たい珈琲や紅茶には抵抗があった。
「店を出したいなら助けるぜ?何でも言ってくれよ!」
俺に任せろ!と胸を張るゴーランドさんはどこまでも頼もしい。
「ありがとうございます。でも大丈夫ですから。私そろそろ行きますね」
ボリスたちの無事が確認出来て良かった。でも遊園地に住むかは決めかねる。
一度塔に戻ってユリウスと少し話したい。
「ええ!冗談言うなよ!ほら、来いよ。あんたが寝る部屋を決めないとな」
「オーナーさん!ナノは俺と暮らすんだよ!」
「ええと、ちょっと二人とも……?」
何だか押しが強い。このままでは強引に遊園地だかネズミさんのおうちだかに
置かれることになりそうだ。そのとき後ろから声がした。
「ナノ、行くよ!つかまって!」
「え?」
突然ふわりと身体が宙に浮き、私はゴーランドさんから引き離された。
鼻にふわっとピンクのファーが触れる。
そして見る間にゴーランドさんとピアスの姿が遠ざかっていく。
「あ、ボリス。てめえ、俺の養女を!」
「うわ!にゃんこ、ひどいよぉ〜!」
何だか勝手なことを言う二人に『ご親切ありがとうございましたっ!』と何とか
精一杯手を振ると、私は風のように走るボリスにしがみついた。

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