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■夏への扉

「ナノは今、どこに住んでるの?」
「……どこも」
正直、どうしようかと思っている。
グレイへの感謝と尊敬の気持ちは変わらない。
とはいえ、今まで通りに会話出来るかと言われれば自信がない。
……というか、逆に説得されて部屋に連れ戻されそうな予感がして仕方ない。
ユリウスの助けを断ってしまったとは言え、こんな身体になってどうすべきか。
というかいつ元に戻るんだろう。
「それじゃ、ナノは今行くところがないんだね。ふふ。落とし物だ」
「は?落ちてませんよ」
けどピアスは聞いていない。
「ナノ、拾った!俺のものだ!」
「は?ち、ちょっと、ピアス!?」
私を抱きあげてピアスが走り出した。
「ナノ。俺のおうちに住みなよ!」
「待って下さい、ピアス、ちょっと……!」
抗議するけどピアスは聞いていない。
そうしているうちにどんどん店のあった場所は遠ざかっていった……。

…………
「え……」
セミが鳴いている。蒸し暑い。行き交う人は皆半袖。
空には見事な入道雲――でもこういう世界だから夕立にはならない。
ピアスにつかまり、呆気に取られて『遊園地』を見る。
遊園地が夏ということも不思議だったけどもっと不可解なことがある。
――遊園地ってクローバーの国になったとき無くなったんじゃ……。
「にゃんこはこっちだよ、ナノ」
ピアスに言われ、ボリスを思い出した。
私はピアスに抱っこされ、遊園地を進んだ。
そして、ピアスはよく茂る木の下で止まった。その大きな枝に、
「あれ〜ナノ。遊園地に遊びに来てくれたの?」
「う、うわ!にゃんこ!!」
だるそうな声、自分で案内してきたくせに怖がるピアス。
私は、だるそうな声の元を見る。
チェシャ猫のボリスが木にもたれてぐったりしていた。
「ボリス、お久しぶりです」
「久しぶり……ナノ、小さくなっても可愛い……食べちゃいたいな」
何かうわごとを呟いている。
予想とは違った形だったけど、猫さんは大丈夫じゃなさそうだった。
「ボリス、しっかりしてください」
「俺はしっかりしてるよ……チェシャ猫だからね……」
全然しっかりしてなさそうな声で応じられた。
「へへ。にゃんこが大人しいから、俺は安心なんだ」
「そ、それは良かったですね……?」
やっぱり疑問系。
ボリスはそんなピアスに苛々と尻尾を振りながらも、突っかかる余裕はないようだ。
どう声をかけたものかと思っていると、背後から、
「お、ピアス、帰ってたのか?」
初めて聞く声がした。
「あ、オーナーさん!」
ピアスが振り向き、私も一緒に声のした方を見ることになった。
そこには初めて見る……その、大変に個性的な格好をした男性が立っていた。

「あれ?あんた余所者か?」
その人は私を見るなりしげしげと、顔を近づけた。ピアスが、
「余所者って分かるの?オーナーさん。この子はナノっていうんだ」
すると『オーナーさん』という人はこちらに近寄り私をじっと見る。
「へえ、あんたが、噂の余所者さんか。噂に聞いたより小さいんだな」
「い、いえ。今ちょっと小さくなってまして……あ。よろしくお願いします」
ピアスの腕の中から頭を下げると。
「そっかそっか。礼儀正しい嬢ちゃんだな。
俺は遊園地のオーナーをやってるゴーランドだ。よろしくな!!」
「うわっ!」
上から思いきり頭をわしゃわしゃされた。ピアスが慌てて
「オーナーさん、そんなに強く撫でたらナノがもっと縮んじゃうよ」
縮むか。ゴーランドさんは陽気に笑い、ピアスの腕から私を取り上げる。
ピアスが慌てて下から手を伸ばす。
「オーナーさん!それは俺のだよ!取らないでよ!」
「いつからおまえのになったんだよ、馬鹿ネズミ!」
「俺のだよ、俺が拾ったんだから!」
何だかピアスとボリスが言い合いの様子になってきた。
ゴーランドさんは二人にかまわず、
「ほら、ナノ、たかい、たかーい!」
「わ!あ、あはは……!」
お空に高く持ち上げられ、失った記憶の向こうにある懐かしい感覚が蘇る。
「たかい、たかーい!」
「あはははっ!わーい!」
何だかはしゃいでしまう。
ほだされたつもりはない……ないけどゴーランドさんがだんだん好きになってきた。

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