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■ピアスとの再会

「さ、寒いです……」
厳寒の街を、私は震えながら歩いている。
子どもは風の子なんて絶対に嘘だ。寒くて芯まで凍えそう。
とはいえ、振り向くたびにクローバーの塔は少しずつ小さくなっていく。
私は自分の店を目指して歩いていた。

どういう謎システムか不明だけれど、時計屋ユリウスに子どもにされた私ナノ。
しばらく待ったけどユリウスが戻ってこないので、我慢出来ずに一人で部屋を出てしまった。
目指すは自分の店。
――私の店を壊したなんて、嘘ですよね。グレイ……。
未だに信じられないでいる。
それと、いい加減にボリスたちがどうしているかも気がかりだった。
――とはいえ森まで行くのにどれだけかかりますかね。
未だに子どもの身体感覚に慣れず、周囲の世界が大きくなった錯覚に陥っている。
誰とも目線が合わず、見上げてばかりというのも不便なものだ。
――それに、この身体で上手く紅茶や珈琲が淹れられるんでしょうか。
大体、いつ戻れるんだろう。
やっぱりユリウスの帰りを待っていた方が……と思いかけた頃、私の店が見えた。

何も無かった。
「…………は?」
更地でした。木材が数本残っているだけだった。
壊されたと聞いてはいたけど、まさか何もないとは思わなかった。
あわてて私は周囲を見回し、ご近所の顔なしさんを見つけた。
雪かきのときにあいさつした人だ。
「あ、あの、すみません!」
「何だ?嬢ちゃん」
ご近所さんは不思議そうに私を見る。
どうやら私とは分からないらしい。私はたどたどしく言葉をつむぐ。
「え、ええと。私この店の……えと、お茶を飲みに来たんですけど、お店、どうなったんですか!?
確か、ええと、前見たとき雪でつぶれていたんで……何だっけ、そろそろ直ったと思ったんですけど!」
どもりつつ言ったけど、ご近所さんは子どもゆえの緊張と思ってくれたのか普通に返してくれた。
「ああ。一度直ったんだけどね。塔の役持ちの御方が来て壊させたんだ」
グレイは本当に私の店を壊したのか、とショックを受ける。でもそれより、
「何で何もなくなっちゃってるんですか!?」
するとご近所さんは少しだけ気の毒そうな表情になり、
「一度直ったものだから資材は乾いてる。冬場で乾き物は貴重だからな。
燃料だの何だの入り用で、少しずつ持ってかれたんだ」
――か、火事場泥棒?いえ、雪場泥棒?
「本当はこういうのは禁止なんだが、この店に関しては役持ちの御方が黙認してる
みたいで、だんだん遠慮なく盗まれるようになってな」
この店の子、そのお役人の機嫌を損ねる真似でもしたのかね、と続ける。
「…………」
呆然としてる私を前に、それじゃ、とご近所さんは去って行った。
そして立ち尽くす私の横で、見知らぬ顔なしの人がずかずかと店の敷地に入り、
最後の木材をかついで持っていった。
後には更地だけが残った。
――そういえば、こういう世界でしたね……。
グレイのしたこともショックだったけど、ここは元々こういう世界だった。
周囲が私を甘やかしてくれる人ばかりだったので忘れていただけだ。
――この世界で生きるって、こういうことなんですよね。
今さらながらに確認する。銃弾が飛び交い、気に入らなければ始末する世界だ。
そんな世界で、グレイはナイトメアの部下。
私の前では優しい顔だけ見せてくれた。でも人がいいだけで務まる仕事なわけがない。
この世界で、自力で生きようと思ったら、百戦錬磨のマフィアのボスや、海千山千の補佐官と渡り合わなければいけない。

――奪わなければ奪われる、ですか。

居場所も、自分自身も。
私は『跡地』となった店の前で、言葉無く立ち尽くしていた。
「あれ、もしかしてナノ?」
そのとき、声がして私は振り向いた。

「ナノ!小さくなってるけど、やっぱりナノだーっ!」
「うわっ!ピアス!?」
飛びついてきたのは眠りネズミのピアスだった。
ピアスは私に抱きつき、小柄な身体に似合わない怪力で軽々と私を抱き上げる。
「ナノ!ちゅうしよう、ちゅう!!」
「や、止めてください、街中ですよ!?」
じゃあ街中でなければ良いのかという内なるツッコミが入るけど無視する。
「へへ。俺の薬が効いたんだね。ちっちゃくなって可愛い!」
「ど、どうも?」
何となく疑問系。
まあ、せっかく抱き上げられたので、耳にさわさわと触れる。
「くすぐったいよ、ナノ〜」
笑顔はいつものまま。凍えてなくて良かったと安心する。
「ピアス。ボリスは大丈夫なんですか?」
ネズミより猫の方が寒さに弱そうだ。心配で尋ねると、
「にゃんこ?にゃんこなら、木陰でぐったりしてるよ」
「ええっ!?」
「猫が大人しいから俺、安心なんだ」
「じ、冗談じゃないですよ!すぐお見舞いに行きます!」
私はピアスから下りようとする。けれど眠りネズミの力は意外と強い。
「わわ。ナノ、暴れると危ないよ」
ピアスは私を押さえ、そして店のあった場所を見る。
「ナノ。お店、無くなっちゃったね」
「…………」
その言葉に動きを止める。ピアスはそんな私をしげしげと眺めた。

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