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■ユリウスの解決法・下

「…………」
嬉しい。
そう言ってくれることが本当に。
一度はまた置いてくれと頼んだ身だ。
もっと前に言われたら喜んでそうしていた。

でも、グレイに守られていた日々のことが思い浮かぶ。
あの安らかなる日々。
私はグレイしか目に入らず、外に出ることが次第に怖くなっていった。
それは時計塔の生活に似ていた。

「守られたら守られたで、私は弱いですから、それに依存してしまうみたいなんです」
私はポツリと呟く。
時計塔にいて、また外に出られず窓の外を眺める日々が続く。
そして、もしまた引っ越しで引き離されたら。私は……

「私は、自分の店を続けたいです」
ユリウスを見上げ、私はそう言った。

「だろうと思った」
ユリウスはため息をついた。私はユリウスにちょっと胸を張る。
「少しは成長してますよ。この世界に来て長いですから」
「逆だ。退化している。店を持って自立だのプライドだの妙な主張を身につけ出した」
自立が退化とは、どういう世界ですか。
そしてユリウスはポケットから何かを出す。
薬瓶のようだ。
「おまえは少し疲れている。元々馬鹿なんだから難しく考えるな。
頭を少し休め、安全な身体でいろいろ見て回る方がいい」
そしてフタを抜き、薬瓶を私に差し出した。
『安全な身体』という表現に首をかしげつつ、眠り薬か何かかな?と薬を飲む。
するとユリウスは目を見開いた。
「おまえ……っ!飲む前に薬が何か聞くとか、することがあるだろう!!」
「え?だって、ユリウスのくれたものですから」
危険なものをよこすはずがない。
「この……もっと警戒心というものを……!」
「で、このお薬は何なんですか?」
「……エースにおまえの状況を聞いて眠りネズミに使いを出した。
奴を脅して調合させた特殊なものだ。本来の成分を変えている」
ピアスのお薬?ならもっと大丈夫。
すると何だか力が抜けてきた。眠い……。
ユリウスが椅子から落ちかけた私を支えてくれる。
「ユリウス……この薬……」
するとユリウスはやっと笑った。少し意地悪な笑みだが私に向けられたものではないようだ。
「奴らがおまえを、どうこうしようとしても、どうにも出来なくなるものだ」
それきり、私の意識は闇に落ちた。

「…………」
夢の中の夢魔は必死に弁解する。
「ナノ、もう少し穏便に考えてくれ。あいつは一番マシだろう?
常識人だし安定しているし、君を一番思っている」
「…………」
私はなおも沈黙する。
「店の事だって君を追いつめようと思ったわけではない。
苦渋の末の選択だった。心を読める私が保証する」
「…………」
「なあナノ。分かってくれ。ここは奪わなければ奪われる世界なんだ」
必死に部下を弁護し、私をなだめる芋虫を睨む。
「でも、店の修復を遅らせるなんてひどすぎます。グレイにはガッカリです」
好感度は大きく下がった。
確かに借金まみれで続けていた店だけど、私には大事な場所だった。
それに、自立すると決意したのに、そんな私をアッサリ無視して裏で企みごとが進んでいたなんて。
するとナイトメアもようやく表情を変えた。
「なら君もゲームを動かさないと」
「ゲーム?」
ナイトメアはミステリアスに、ふわふわと宙に浮く。
「この世界にとどまると決意したのなら、君も自分のゲームをしていることになる。
駒を勝手に進められ、悲劇に陶酔するのもいい。だが本当にそれでいいのか?
それではゲームに負ける。
君を欲しい連中に、いいように嬲られ続けるだけだ」
私は夢魔をにらみながら、ゆっくりと夢の世界から覚めていく。
どうやって生きていけばいいんだろう。いや道は定めた。
でもそれをどう確立すればいいんだろう。
「白ウサギも私も、常に君の味方だ」
確かに味方だ。ただ彼らの方から私に関わってはこない。
「君の選択を重んじているんだ。君が求めればいつでも応じるさ」
力強く言う夢魔。
「君のゲームを続けるんだ、ナノ」

そして、私は夢から覚めた。

「…………」
目を開けると、ユリウスのベッドの上だった。
彼の背中を探してベッドから下を見るけれど、主の姿は無い。
首をかしげながら、私はベッドを下りた。
――?何か変ですね。
身体の動きに違和感がある。でも怪我をしたというわけではなく、身体感覚に奇妙な変化が……。
「あれ?」
部屋がやけに大きい。不思議の国だから、変な能力で改装でもしたんだろうか。
どうせ大きくするならお城みたいに広くすればいいのに。
私は天気を見ようと窓辺に行く。
危険は多いけど、店に行ってみたい。
「あれ……」
窓の位置まで高くされていた。
ユリウスの意地悪に腹が立ち、私は大きくなった椅子を必死に引きずって、何とかその上によじ登る。そして窓を見て息を呑んだ。
「っ!!」

小さな子どもになった私が、ガラス窓に映っていた。

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