続き→ トップへ 小説目次へ ■ユリウスの解決法・上 私はユリウスの作業場に連れてこられた。 もう二度と戻ってこないとさえ思っていた場所だ。 「……飲んでくれ」 「ありがとうございます」 ユリウスが珈琲を出してくれた。 私はそれをそっと飲む。 「やっぱり布ドリップは粗挽きが一番合いますね」 「紙に比べて成分が抽出されやすいからな」 「店でもそうしてるんですが、いつも遅くて……」 「やる気の問題だ。だからおまえの店は売り上げが……」 ちょっと改善提案だか小言だかが続く。 私はふむふむとうなずきながら聞く。 「でも、軌道に乗りかけたと思ったら帽子屋屋敷に連れて行かれたりして、お休みになっちゃって。 それで常連になりそうだった人も、すぐいなくなっちゃうんです」 するとユリウスは言った。 「逆だ。売り上げを抑えることがマフィアの狙いだ。 おまえの商売が軌道に乗られては困るからな」 「どうして困るんですか?」 するとユリウスは苛々と、 「少しは自分の頭で考えろ。奴らはおまえが帽子屋屋敷に来るよう計画している。 だから場所代を取らず、周辺を抗争の対象から外してさえいる。 それでおまえに地場を固められたら、何のために優遇してやったか分からんだろうが」 私は目を丸くする。 「え……ブラッドは私がお店を開くことを認めてくれましたよ?」 そう言うと、ユリウスは本気で私を憐れむ目になった。 「ブラッド=デュプレが一度狙った獲物を諦めるわけがないだろう。 表向き理解した顔をしているだけだ。援助を嫌がるおまえが、芋虫から借金し続け 店を営業など図々しいことが続けられるわけがない」 「それは……確かに……」 増え続ける借金に胃が痛いのも確かだ。ナイトメアもグレイも何も言わないだけ、申し訳ない思いだけがかさんでいく。 「借金を重ねたおまえは、いずれ罪悪感で店を畳まざるを得なくなる。 後はそのときに帽子屋が出、借金をおまえの代わりに全額返済。 そのカタに屋敷に所属を移させる、というところだろう」 私は思わず声をあげる。 「な……っ!そ、そんな、ひどい!なら店の場所を移します!」 「どこに?ハートの城下町は、おまえの苦手なエースの現れやすい場所だ。 遊園地は比較的安全だし、オーナーもいい奴だが、会ったことのない相手に借金を 申し込むことは出来ないだろう。それに今の遊園地で温かい飲料は売れない」 そういえば遊園地のオーナーは会ったことがない。 というか『今の』遊園地? 「それに、いくら小さな店とはいえ移転にはそれなりの金がかかるし土地代もいる。 芋虫は二つ返事だろうが、おまえのために駆け回ったトカゲは渋るだろうな」 「…………」 私はカップをテーブルに置き、沈黙する。 理解してくれてるんだと思ったブラッドは、実際には私を妨害し、囲い込もうとしていたらしい。 かといってここから動くことも難しいようだ。 「だ、だったら今の場所で頑張ります。 グレイの部屋にお世話になって、時間帯が経って店が元に戻ったら帰ります」 けれどユリウスは冷たく言った。 「自分で考えろと言っただろう。 今回、おまえの店が潰れたことは事故とは言え、おまえを狙う連中には好機だ。 店など、どれだけ時間帯が経ったところで直るものか。 直った先からトカゲが壊しているからな」 私は言葉を失った。 「……グレイが私の店を壊してると疑ってるんですか?」 私は少し声が低くなる。いくらユリウスでも言っていいことと悪いことがある。グレイはいい人だ。私の店を見に行こう、直っているといいな、と励ましてくれた。 「事実だ。奴が外回りの際、元に戻った店を、部下に命じて破壊させている。 エースに確認させ、周辺住民から裏づけは取れている」 「……っ」 「奴に問いただしても否定はされまい。逆におまえのためだと説得されるはずだ。 作りの粗いプレハブだから、次は無事にすむとは限らないと」 「…………そんな……」 ユリウスは腕組みをして窓の外を睨む。 作業場の窓の外はハートの国とは違う風景だ。 街にはクリスマスツリーの飾りや、出来かけの雪だるまがいくつも見える。 「何で……私、少し紅茶や珈琲やココアを淹れられるだけですよ? 馬鹿だし、絶世の美少女じゃないですし、取り柄なんて何もないです」 そんな女のためにマフィアのボスや、こんな大きな塔の幹部が争うなんておかしい。 そして、やはり思う。 「もう少し経てば、みんな目が覚めて私に飽きると思うんですが……」 「余所者は好かれる。ここはおまえが望まれる世界だ」 「…………」 いつかナイトメアに夢の中で聞いた言葉だ。 何もしないで誰もが勝手に愛してくれる世界。 でもそれは狂気の一形態だ。 何より、ここは異世界だ。彼らの愛情表現は、私の望むものと必ずしも一致しない。 それとも、それが好かれることの代償なんだろうか。 黙り込む私にユリウスが言った。 「エースからだいたいのことは聞いた。私が不在時に、厄介なことになったものだ」 「……ごめんなさい」 なぜか謝らなければいけない気がした。 意志が強ければ、騎士をはねのけられた。才能があれば困難な状況でも店を続けられた。 自分の身を守ろうとする強い心があれば、愛無くとも、安全な人の胸に飛び込めた。 「ごめんなさいユリウス。あなたに呆れられたと思って……」 「頼ってくれて良かった。状況を打開する策を一緒に考えることも出来た」 「ごめんなさい……」 ブラッドは怖い。 エースも怖い。 グレイも……ちょっと怖い。 ユリウスは靴音を立てて歩き、私の前に立った。 「ここに住め、ナノ。エースは私の部下で、グレイは格下のカード。 マフィアのボスでさえここには手出しが出来ない。おまえを守ってやれる」 そう言って私を抱きしめた。 3/4 続き→ トップへ 小説目次へ |