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■エース対グレイ

一度部屋の外に出ると、私はグレイを引っぱっていた。
「グレイ、早く行きましょう!」
「ナノ、そんなに急がないでくれ。時間はあるから」
「そうですけど……」
グレイの部屋にいる間、外のことを忘れていた。
でもいざ外に出ると、色んなことが気になって仕方ない。
「私、先に行ってますね、グレイ!」
「ナノっ!」
グレイに頭を下げ、私は走り出していた。

店が気になってつい小走りになってしまう。
「ナノ、そんなに急ぐな。店は逃げやしない」
……あっさりとグレイに追いつかれました。
しかも、グレイは私にペースを合わせてゆっくり走ってくれていた。
こういう優しさはちょっと傷つく。
「はあ……はあ……」
しかも息が切れたのは私が先。立ち止まって息を吐く私をグレイがさすってくれる。
「ナノ、ゆっくり歩こう」
「……はい」
私はグレイについて歩く。
グレイは急いでる私のことを考えてくれているのか、早すぎず遅すぎない歩幅で歩いてくれる。
私たちはしばらく、塔の中を歩いた。
「ん?」
先に、グレイが立ち止まり、私はぶつかりそうになった。
「ナノ、すまない」
グレイは私に謝りつつも、何かが気になるようだ。
廊下の向こうを鋭い眼差しで見ている。私もその視線を追い、
――ん?この臭いは……。
何かが燃えるような。
「か、火事ですか!?」
「いや。違う、これは……あのガキ!」
グレイが走り出す。
「そこで待ってろ、ナノ!」
「グレイ!!」
私は少し迷い、後を追った。
といっても全力のグレイに女の足で簡単に追いつけるわけもなく。
やっと追いついたときには……始まっていた。

…………。
それは大剣と双剣の戦いだった。
互いに軽くない武器を扱っているのに、流れるように鮮やかな動きだった。
見とれるような攻撃と受け流し。鉄の刃がぶつかるたびに火花が散る。
交わす気迫、一瞬の攻防、赤と黒の相克、えーと……あと何だっけ。
とにかくグレイと、ハートの騎士エースが戦っていた。
トカゲの補佐官と騎士の過去にいかなる因縁が!?
「廊下はキャンプをする場所では無いと何度言えば分かる!!」
「あはは。だからお詫びに鍛錬を申し込んでるんじゃないか」
ケンカの理由はどうでもいいことらしい。
私の目はエースのキャンプに向かう。
この男、塔の廊下で堂々と焚き火をしていやがった。それはグレイも怒るか。
私はとりあえず消火すべく焚き火に向かう。
エースは何か作ろうとしていたのだろう。鍋の中は湯だけが煮えている。
私は憤りもあらわに急須を取り出し、激怒しながら茶葉を入れ、熱湯を注ぐ。
そして憤怒を胸に、斬り合いを見ながら茶葉が開くのを待つ。
さらに激昂しながら、取り出したる湯呑みにゆっくりと注ぎ、焚き火の前に正座してすすった。
「あー、お茶が美味しい」
焚き火も暖かい。こういうアウトドアもいいかも。
「ナノ!君も時と場所を考えてくれっ!」
脱力したようにグレイが言い、エースの大剣を受ける。
「あはは、この子、時計塔にいたときからこんな感じだったぜ」
エースが私をチラッと見、笑いながら短剣をかわす。
この二人のやり合いはいつか見た。
もうどれくらい前か。クローバーの国になったばかりの頃だ。
あのときはグレイがエースを圧したものだ。
けれど、今は互角の戦いに見える。
――でもグレイの方が強いですよね。
私は何となくそう思っているので呑気に茶をすする。
「いつもいつもユリウスのために珈琲を淹れててさ。
ユリウスのことしか頭になかったぜ」
「それがどうしたっ!」
気のせいか、グレイの受け流しが少し遅れた。
「トカゲさんも可愛いよな。ココア程度で浮かれてさ。
自分だけがナノの特別だと思ってた?」
「…………くっ!」
グレイの目に殺意が宿る。
だがエースの切り込みも容赦が無い。
「あと忘れてない?ナノ、俺や帽子屋さんとも身体の関係があるってこと」
空気が震える。刃物と刃物がぶつかる重い音が、耳が痛いほど強く響く。
そして、私の手から、空になった湯呑みが床に落ちた。

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