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■VS.グレイ〜コタツ戦争

グレイが持ち帰った荷物。
それはコタツだった。

私とグレイはあれから何戦か(中略)そして仮眠と休憩と食事を挟み、やっとグレイは荷物を開けることが出来た。
大きな荷物だとは思っていたけれど、
「グレイ、これ何ですか?」
「ああ、コタツだ。見るのは初めてか?」
「そういうわけでは……」
やはりコタツだったか。
「俺たちで試しに使ってみて、良ければナイトメア様にお使いいただこうと思ってな」
「…………」
「ナノ、君も感想を聞かせてくれないか?」
私は返答しない。
こたつ。コタツ。炬燵。
涙が出るほど懐かしい日本独自の暖房器具。
二度とお目にかかれないと思っていた元の世界の器具にあっさり再会した。
どこで作っているか、あるいはどう輸入したか、猛烈に聞きたい。
しかし製造メーカー名や品番らしいものはどこにもない。日本語表記もどこにもない。
多分、紅茶や緑茶の流通ルートと同じく、永遠の謎なんだろう。
相変わらず不思議の国は、不思議じゃ無くていいところまで、不思議だ。
「さて、コタツを置くとするか」
梱包をほどき終えたグレイは、コタツテーブルを持って立ち上がる。
日本人としては、グレイが床に直置きしないか心配になってしまう。
しかしグレイの準備は万端だった。
先にちゃんと新しい絨毯を敷いていて、その上にコタツをセッティングした。
そして手早くスイッチを入れる。
「さあナノ、入ってみよう」
「え、ええ……」
唐突に湧いて出た日本式コタツに、くつろぎより戸惑いが先行する。
――うーん。いくら懐かしいとはいえ、休めますかねえ。
乗り気のグレイとは逆に、私は恐る恐るといった感じでコタツに足を入れた。

…………。
「ナノ、そろそろ出たらどうだ?」
「はい。もう少し……」
「寝るならベッドで寝なさい。だらしがないぞ」
「んー、あとちょっと……」
「何回それを言ったんだ。ほら風邪を引くから出なさい」
「ええ、ええ。あと少ししたら……」
グレイに叱られるけど、私はコタツ布団でぐでーっと伸びていた。
――ああ、くつろぐ、くつろぐ、くつろぐ。
猫だったら全力で喉を鳴らしていただろう。
それくらい私はご機嫌でコタツにどっぷり浸かっていた。
「……これは、呪いのアイテムだな……」
戦慄したようにグレイは呟いた。
「ナノ、もう寝よう。ほら、俺とベッドに入ろう」
「っ!!」
引き出される気配に、私は甲羅に隠れる亀のようにスッとコタツに引っ込む。
コタツの中では、優しい色の電熱器が迎えてくれた。
私はぬくぬくとその下に丸まった。
「ナノ!」
「っ!!」
コタツ布団をはがされ、冷気が忍び込む。その向こうにグレイの怒った顔が見えた。
私はフーッと威嚇し、私に伸ばされたグレイの手を引っかこうとする。
「……人間に戻ってくれ、頼むから」
知らない知らない知らない。この楽園を一度知った者は二度とここから出ることは出来ないのだ。
もう一生ここで暮らせばいいや、と私は丸まった。すると
「ナイトメア様にお勧めするのは考え直した方がいいかもな……」
「っ!!」
真上からコタツ布団ごとコタツを引きはがされた。
私は遙か頭上に行ってしまったコタツを呆然と眺める。
やがて電源が切られたのか、電熱器もみるみるうちに色を失う。
私は、冷酷に自分を見下ろすグレイにしがみつく。
「グレイ、お願いですからお慈悲を……」
「ダメだ。これは君の手に届かない場所にしまっておく」
「グレイの鬼……」
「ナイトメア様のようなことを言わないでくれ。さあ、しまうぞ」
「ああ……」
虚しく伸びる手は宙をかく。
グレイは部屋の隅にコタツを持っていき、黙々とコタツの梱包を始める。
「グレイ、グレイ、グレイ」
未練たらしく後を追い、背中をガシガシ引っかくけれど、グレイは振り向きもしない。
――というか寒い!無性に寒いです!
「ナノ、作業できないから離れなさい」
しっし、と手を振るグレイに一度は離れる。私は肩を落とし、
――窓辺で日向ぼっこでもするべきですか……。
が、窓の外を見ると折悪しく雪がちらつき始めている。
「グレイ!コタツを!せめて暖炉の炎をつけて下さい!」
「先にコタツを片づけるから待っていてくれ。すぐに終わる」
「グレイ……」
私は冷徹に作業を続けるグレイの後ろ姿を……長いコートの裾を何となく見た。
「…………」
裾をピラッと少しめくる。
「ナノ、止めなさい」
もう少しめくる。
「ナノ、すぐに終わるから」
さらにめくる。
「ナノ……いくら俺でも怒るぞ」
前開きのコートが幸いした。私はコートの中に潜り込み、すぐ背中に引っ付いた。
「……っ!!」
グレイが固まるが仕返し気分の私は気にしない。
――あー、ぬっくい。
グレイの体温、時計の音、煙草の匂い。
私は目を閉じて眠りの園に。
「ナノっ!」
あ、怒った。
次の瞬間、コートが引きはがされ、私は絨毯に背中を押しつけられた。
私の両腕を押さえつけ見下ろすグレイは、人の悪い笑顔で
「そんなに暖まりたいなら俺が暖めてやろう。身体でな」
そう言って、クイっと私の襟元を引っぱる。
空いた隙間から、冷たい空気が肌を舐める。私は色んな意味で身を縮め、
「グレイ……寒いです!」
「ならすぐに暖めてやらないとな。君はすぐに凍えてしまいそうだ」
実際に凍りかけた身としては何も言えない。

そして、雪の降りしきる窓を見ながら、丹念に『暖められた』私だった……。

4/5

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