続き→ トップへ 小説目次へ ■座る場所を探す話・上 仕事に向かうグレイは動きも速い。 ベッドから起き上がると、さっさとシャワーを浴び、髪を乾かし、スーツを手早く身につける。 私もシャワーと着替えをすませると、部屋の扉までグレイを見送りに行った。 「それじゃナノ、仕事に行ってくる」 「いってらっしゃい」 グレイがかがんでキスをしてくれる。そしてふと既視感を覚えた。 ――……前にもこれと同じことがあったような。 そうだ。確かグレイに押し倒されたときだ。 ……まあ詳細は省くとして、そのとき私とグレイは、うまく行きかけていた。 でもブラッドの妨害でダメになり、今ようやく続きをしていると言えなくも無い。 かなり遠回りになったものの、当初想定していたルートに戻ってきたとも。 ――これで良かったんでしょうか……。 良かったと言えば良かった。なのに私はどうも複雑だ。 「ナノ。行きたい場所に自由に出かけてくれ。俺に遠慮することはない。 ……ただ、時計屋と帽子屋のところに行かれては、少し困るが」 ええ。連れ戻すのに手間がかかって『グレイが』困るんですね。 そして連れ戻された後は『私が』困る展開になるんですね。よっく分かります。 「部屋にいますよ。外は寒いですから」 「……そうか。なら君を退屈させないよう、早く帰ってくるよ」 「ありがとう、グレイ」 そして私たちはもう一度キスをし、グレイは出かけた。 目の前で扉が閉まり、私は伸びをする。 「お茶でも淹れますか」 とりあえず、私の複雑な感情はどうでもいい。 第一、店が直るまで置いてもらうしかないのは確かだ。 それがグレイの部屋で、何の不満もあるはずがない。 「久しぶりに玄米茶でも淹れますか」 私は切り替える。雪を眺めながらのお茶もいいかもしれない。 そして室内の、給湯設備のある場所に向かった。 「んー、すわりが悪いですね……」 ソファに正座した私は眉をひそめる。 グレイが持ってきてくれた茶器と茶葉で玄米茶を淹れた後のことだ。 とりあえずお茶は正座で飲むと決めている。けれど場所が決まらない。 それで、ソファに座ったのだけど。 もちろんグレイの部屋のソファなので最高級品。 ただし『普通にのみ』座ることを想定して作られたそれは、決して正座向きではない。 しからば、と私は別の椅子に座るが、 「バランスが悪いですね」 もちろんグレイの部屋の椅子なので(以下略) しかし、これまた『普通にのみ』座ることに(以下略) 「うーむ……」 私はチラッと床を見る。 ふかふかの赤い絨毯。 「…………いえいえいえ。靴を乗っけるところに座るのはちょっと」 私は湯呑みを持ち、うろうろと憩いの場を探す。 そして、前はどうしていただろうかと思い返した。 「前に置いてもらったときはいつもベッドに正座したものですね」 そして私はグレイのベッドまで行き、ちょこんと正座し、 「………………」 ついさっきまでのグレイとの行為が蘇り、早々にベッドを下りた。 「うう、これでは落ち着けないばかりか、お茶が冷めます……」 帽子屋屋敷に滞在していたときは庭にシートを敷いたし、時計塔のときは最上階で飲んだ。 グレイに監禁されているわけではないからクローバーの塔の屋上に行ってもいいけれど……そう、外は雪だ。 そもそもハートの国やクローバーの国では雪なんて降らなかった。 「ど、どうすれば……」 私は湯呑みを持ったまま、さらにうろうろし、 「…………」 とある家具を視界に入れ、立ち止まった。 どのくらい時間帯が経っただろうか。 雪も止み、外は爽やかな昼空だ。 あれから玄米茶を飲み尽くし、今はほうじ茶を急須に入れている。 私は昼の陽気に目を細め、正座して、ほうじ茶を満足げにすすった。 「あー、お茶が美味しい」 「ナノ……だから、テーブルに座って茶を飲まないでくれないか」 「――はっ!!」 いつの間にか真後ろにグレイが立っていた。 私は驚愕に目を見開く。 「そ、そんな馬鹿な……グレイが帰ってくる気配を察したら、すぐ下りようと全方位に気を張って……」 「扉を開ける音に気づかないほど、俺の部屋でくつろいでくれて嬉しいよ」 グレイは優しく言いながら、有無を言わさぬ勢いで、私の湯呑みをテーブルに置く。 そして私の両脇に手をやると、猫の子でも持ち上げるようにテーブルから下ろす。 「椅子に正座しててくれ」 「はいです」 私は優しく椅子に座らされた。が、ここは私がさっき失格にした場所だ。 ――うーむ、これではせっかくのほうじ茶が冷めますね。 グレイは私に背を向け、何か荷物を部屋に入れようとしている。 ――グレイが私を見ていないうちに、お茶を飲み終えればいいわけですね。 私はごそごそとテーブルによじ登り、正座する。そして香ばしいお茶をすすり、 ――ああ、お茶が美味しい。 「ナノ……」 「――はっ!!」 心持ち、さっきより低い声のグレイ。 私はまた両脇を抱えられ、下ろされたのであった。 1/5 続き→ トップへ 小説目次へ |