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■グレイの部屋で・上

外の時間帯は夕暮れに変わっている。
どこか寂しげな雰囲気に包まれたクローバーの塔を、私とグレイは歩いていた。
彼に肩を抱かれながら、私は何となく呟く。
「分からないです……」
「何がだ?ナノ」
グレイがことさらに優しく言った。私を怯えさせまいとしているみたいだ。
でも本当にそうしたいなら、肩を離し、自由にしてくれればいいのに。
「よく分からないんです。私。どうも最近難しいことが多すぎて」
奪い合いに納得の行く、絶世の美少女でもない。
好きな人に一途というわけでもない。
というか私は皆が好きで、皆好きでは無い。
むしろ、私の役は恋人の不在が寂しくて浮気をした、主人公の友人的位置だ。
そういうキャラは、たいていひどい制裁を受けて、物語から退場するものなんだけど。
――何で、みんな私に優しいんでしょうか……。

ユリウスに嫌われるのは仕方ない、というかもう諦めた。
再会出来て嬉しい思いを伝えられたし、美味しい珈琲も淹れてあげられた。
その上で部屋に上がり込もうとした私が図々しすぎたのであり、そういう意味ではグレイのしたことは当然の罰だ。
「すまない……時計屋の前で勝手に暴露した。自分が抑えきれなかったんだ」
けれどグレイは落ち込んでいるようだった。
私に対するどうこうというより、自分がしたことへの自己嫌悪で。
「いつかは知られることですよ。それに元はといえば私が悪いんですから」
よしよし、とグレイを撫でる。するとグレイが驚いたように私を見た。
「君は、もっと俺を怒っていると……」
「怒ってませんよ。泊めて下さるのに何で怒るんです?」
複雑なことは苦手だ。ユリウスには見限られたと思っておく。
ナイトメアはまた傍観だろう。私は泊まる場所がなくて困っていて。
グレイは泊めてくれる。それでいいです。
やれやれ。こんなことでは、また痛い目を見そうだ。
利発な女の子が可哀相なら悲劇のヒロイン。
でも頭の悪い女の子が不幸なら、それは自業自得。
私は明らかに後者だ。
すると、グレイは私を抱く腕を強くする。
「なら俺は、遠慮なく君に優しく出来るな」
何かグレイが立ち直ってる。
つけこまれた?と焦る間もなく、グレイは扉を開いた。
「ここが俺の部屋だ」
初めて入るグレイの部屋だった。「へえ……」
やっとグレイが解放してくれたので、私は好奇心で室内を歩いた。
マフィアのボスほど豪勢ではないけれどユリウスの部屋よりは広い。
――……何、偉そうに比較してますかね、私。
「ブラッド=デュプレの部屋ほどではないだろう?」
見抜かれましたし。
私は品の無い自分に赤面しつつ咳払い。
「い、いえ、とても素敵なお部屋ですね。このテーブルなんか正座するのにちょうど良さそうですし!」
「正座は椅子かソファでしてくれないか……」
ヤバい。
私はごまかすべく、興味深げに室内を見て回る。
「あ……」
窓辺に立ち、外を見た。
また雪が降っている。
――そういえば、他の友達はどうしているんでしょう。
未だにこの現象について説明を受けていないけど、不思議の国全体が雪景色なんだろうか。
帽子屋屋敷は丈夫だから、雪くらいどうってことはないだろう。城も同じ。
でも森はどうなんだろう。ピアスやボリスは寒さに弱そうだ。
出来れば様子を見に行きたい。二人とも無事だといい。
エースはクレバスに落ちて、くたばっているといい。
するとグレイが後ろから私を優しく抱きしめる。
「何を考えている?ナノ」
……知人の蒸発を願っておりました。
「この部屋は好きに使ってくれ。いつまででも泊まってほしい。
店が直っても、ずっと、ずっと……」
「それは……」
でも答える前に、グレイは離れた。
「君ともう少し語っていたいが、仕事だ。すぐに戻る」
そう言って、私に軽くキスをして扉に向かう。
そんなグレイの背中を追いながら、私は不安にかられていた。
――鍵をかけられるんでしょうか。
けれどグレイは部屋の鍵はかけなかった。部屋を出る直前に、
「俺が帰ってきたときに、君がいなくとも怒ったりはしない。
俺は帽子屋のようにはなりたくないんだ。君の自由にするといい」

……別の鍵をかけていった。

「時計屋には返さない」
最後に独り言のように呟き、グレイは扉を閉めた。
私は鍵のかかっていない扉を見ながら内心呟く。
――ユリウスはもう私を見限ったと思いますけどね。
そして煙草の匂いのついたベッドに横になった。

でも実はそのとき、もうユリウスは動いていた。
まずエースがやってきた。そして上司の命令を実行しに塔を出た。
それは極秘裏に行われ、あのグレイでさえ気づかなかったらしい。
そして、その結果私は、思ったより早くグレイの部屋を出ることになる。

……が、まあ彼の部下の迷子癖のおかげで、思ったより早いけど、そのときよりは少し先になるのだった。

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