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■帽子屋屋敷へのいざない

「ブラッド。どうも、お久しぶりです」
私は頭を下げる。ブラッドも軽く帽子を取り、
「君のためにグリーン・ティーを許可することにした。
すでに屋敷に茶器や茶葉のバイヤーを呼び寄せている。
彼らに指示して君の好きなものを取り寄せるといい」
私は玉露を抱え、首をひねる。
「私、お金は持っていませんよ?」
バイヤーを使うなど、小娘には尋常ではない。
緑茶は好きだけど、あくまで『好き』レベルで一家言あるほどの通でもない。
「君に屋敷に滞在してほしい。茶も含め費用は一切不要だ。
いつもはグリーン・ティーを飲みながらのんびり過ごし、私の求めに応じてお茶会に参加してくれればいい」
私はますます首をひねる。なぜそこまで気に入られたのだろうか。
でも好意を向けられるほど申し訳ない。

「ありがとう、ブラッド。
でもお気持ちはありがたいけど、私は時計塔に住まわせてもらおうと思っていますので」
「えええっ! 時計野郎のところなんかとんでもねえっ!!」
脇に控えていたエリオットが叫んだ。そして憎悪に顔を染め、私の肩を抱くと、
「あんな最低野郎のところに住んだら、あんた絶対ひどい目に合うぜ! あいつのところだけは絶対止めとけ!!」
「まあ、そこまで悪い奴とは思わないが、時計屋と関わるのは私も賛成しないな」
意味ありげにブラッドも同意する。
よく分からないが裏でいろいろあるのだろうか。
「大丈夫ですよ。では私は行きますから」
微笑んで、エリオットの手を離そうとする。
でも力が強くて、しかも玉露を抱えた私は片手だから離せない。
何とか片手で離せないか悪戦苦闘していると、
「ブラッド。早く連れてこうぜ。時計野郎に取られちまう」
エリオットが困ったようにブラッドに行った。ブラッドも、
「ファミリー総出で迎えに来て、手ぶらで帰れるわけがないからな」
そう言ってエリオットを下がらせ、私の手を取った。
「一緒に来なさい、ナノ」
「命令みたいな言い方ですね」
私は少し後じさる。だんだんと、だんだんと逃げられない展開になってきている気がする。
「ああ。命令だ。帽子屋屋敷に属することになる君は、私の命令には逆らえない」
「属すると決まったわけではないでしょう」
私はさらに後じさる。すると、
「ボスが決めたら絶対だよ、お姉さん」
「逆らわない方がいいよ〜」
後ろから声がした。私は振り向き、
「あら、可愛い!」
私は微笑んだ。赤と青のおそろいの制服を来た双子が立っていた。

「小さいのに大人を手伝ってお仕事してるんですか? 偉いですね」
褒めたつもりだったけど、
「小さいとか可愛いとか、あんまり男に言わないでほしいなお姉さん」
「ボスとひよこウサギがいなかったら斬り殺してたのに〜」
口々に不満を言われた。そういえば鋭い斧を持っている。玩具だろうか。
「うわあ、怖いなあ! じゃあお姉さんが後で玉露をご馳走してあげますからね」
ワザと驚いたように言って、なだめるように玉露を見せると、
「ちぇ。子供扱いが腹立つなあ。それに苦いお茶なんか欲しくないよ」
「僕も気持ち悪い緑色の水より、お金がいいな〜」
どうも嫌われてしまったらしい。
この年頃の子は複雑だ。
私がさらになだめようとしたとき、
「お嬢さん。私が口説いているのに子供に気をそらすとは余裕だな」
私の手を取ったままのブラッドまで不満そうだった。
「あ、ごめんなさい。それで何でしたっけ?」
するとブラッドは呆れたように肩をすくめ、
「やれやれ。のんびりしたお嬢さんだ。さあ、行こう」
「え? ええ?」
手を引かれ、無理やり歩かされる。
逃げようにも手をがっちりと握られ、周囲はエリオットや斧を持った子供や使用人さんたちに囲まれている。
「ブラッド。私は帽子屋屋敷に住まないですよ?」
「却下する。昼の日差しを浴びて私はだるいんだ」
「そうですかね。お茶をすすっていたい陽気じゃないですか」
私は反論した。けれどブラッドは、
「なら屋敷に来てから存分にすするといい。行くぞ」
「わ……そんなに早足にならないでください……わわっ」
かくして私はずるずると引きずられていったのだった。

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