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■苦悩せし人間湯たんぽ

暖かい。

私はユリウスに抱きしめられている。
服を着ていないというのに男女の営みが始まることもなく、互いに言葉を交わすこともない。
作業場は薄暗く静かで、雪の降り積もる音がしそうなほど。
耳を押し当てた彼の胸からは、時計の音がする。
いろんな人の胸から聞いた不思議な音。
ずっと前から不思議だと思いつつも、未だ聞けずにいる。
この世界の人は誰もが持ち、私だけが持っていないもの。
それをハッキリさせることで距離が出来ることが、怖いのかもしれない。
「ん……」
眠くなってきて、ユリウスの胸の中でうとうとする。
彼の腕の中なら何も心配いらない。
未だに服も着ないで、同じく上半身裸の男性と抱き合って……と、×××な状況だけど、ユリウスなら大丈夫。
私がぬくもりに包まれ、安心しきって寝ようとしたとき、
「おまえ……」
耐えきれない、といった風にユリウスが言った。
「ん?眠いです、ユリウス」
せっかく今にも寝ようとしたのに、と抗議すると、
「なぜ普通に寝られる!少しは警戒しろ!」
「?何に警戒するんです?」
きょとんとして見ると、彼は頭痛をこらえる顔になった。
「おまえという奴は、私がさっきから……だというのに本当に……」
話しかけているのか独り言を言っているのか。ぼやきがまじってよく聞こえない。
「ユリウス、寝ていいですか?」
彼は何やら煩悶しているが私にはどうでもいい。
時計塔にいるときも、謎の理由で時折落ち込む人だったなと思い返しただけ。
――うう、それに、やっぱりちょっと寒いですね。
回復してきたとはいえ、まだ少し手先足先が冷たい。
暖を取るべく、人間湯たんぽに、ぎゅっと抱きつく。
胸が思い切り、彼の上半身に押しつけられ、彼の身体が強ばり、のけぞる。
でも私は気にせず、ぬくぬくと寝ようとしたのだけれど、
「――っ!!ナノ!!おまえ!!」
ユリウスがガバっと起き上がり、無理やり私の身体を引き離す。
「自分の格好を考えろ!そんな風に無警戒に男に抱きつく奴があるか!!」
自分で脱がしておいて説教モードになられる理不尽。
それにユリウスは、起きた拍子に布団まで剥いでしまったので、こちらは寒いどころではない。
「さ、寒い!ユリウス、寒いですよ!!」
回復し始めた体力で起き上がり、ユリウスの腕をつかむと
「や、止めろ!私に触れるなっ!!」
さっきまで一緒に眠っていたのに、まるで雑菌に触れた白ウサギのような、大仰な反応をされる。
「いいじゃないですか!一緒に寝ましょうよ」
「よくあるか!もう私は下りる!仕事に戻る!」
本当に下りそうだったので、私は慌てて彼にしがみつく。
「ナノ……おまえ……ぅっ!!」
振り向いたユリウスが硬直した。私の身体が丸見えなせいかな。
でもユリウスだから別に緊張しない。
彼の方はというと、必死で私を見まいと目をそらし、
「ナノ、や、止めろ。頼むから勘弁してくれ!」
「逃がさないですよ。戻って下さい!」
「冷静になれ、おまえはそんなことをする奴じゃないだろう!?」
非常時に何を言うか。私はやわらかな笑みで、
「怖くありませんよ、ユリウス。さ、来て下さい」
「頼む……や、止めてくれ……後生だから」
私は彼をなだめるように優しく微笑む。
「怖くないですよ。抵抗あるのは最初だけ。すぐに(私が)良くなりますから」
「…………」
そして彼の身体からスッと抵抗が薄れる。
引き寄せられるようにフラフラとベッドに戻り、ドサッと横たわる。
素直でよろしい。
自分の下の大きな彼。今は怯えたような、何か期待したような目で私を見上げている。
頬を染める仕草が本当に可愛い。私は微笑んで彼の頬を撫でる。
ユリウスはそれにビクッとしたが、もう一切の抵抗をせず、大人しくしている。
自分の下にいる存在を、これから好きなように出来るという興奮。
怯えた顔をいつまでも見ていたいと思いつつ、早く悦楽に溶けさせたいという思い。
「大丈夫ですよ。全部私に任せてください。怖いことは何もありませんから」
彼は私から目をそらしながら、聞こえるか聞こえないかの声でポツリと
「初めてだから……優しくしてくれ……」
不安を感じつつも、私を信頼して全てをゆだねてくれる。それが嬉しく愛おしい。
「あなたを傷つけるなんてありえませんから」
しかし、そのときふと頭のすみで思う。

――……何でしょう。さっきから状況に激しい違和感があるのですが。

まあ、ともあれ私は、怯えた彼を安心させてあげようと、唇を重ねようとし。

そのとき轟音を立てて扉が開き、誰かが駆け込んでくる。
「時計屋!!おまえは彼女と旧知の仲だっただろう!一緒に彼女の捜索を……っ!」

そしてグレイ=リングマークは見た。
全裸で、上半身裸のユリウスを押し倒す『彼女』の姿を。

……どうも私は回復したつもりで回復しきらず、判断力に問題があった。
ユリウスはユリウスで不眠不休の仕事に加え、私の看病で心身疲弊。同じく判断力に問題があった。
その状況がクロッシングして妙な流れになったらしい。

グレイはというと、豪雪で私の店が心配になり、様子を見に行ったが店は潰れていて私はいない。
私が、ずぶぬれで街をさまよっていたという目撃情報を聞き、大慌てで探していたという。

その後、互いに隔離され、ぐっすり眠った私たちであったとさ。

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