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■最後の思い

「つ、着きました……」
私は全身をガタガタさせながら見上げる。
要塞と誰かが表現した巨大な建物。
クローバーの塔。
二度と自分からは立ち入るまいと決意したけど、非常時だから仕方ない。
とりあえず温めてもらって、ちょっと今後のことを相談しよう。
とはいえ、私自身は、頭に積もる雪を落とす体力もない。
ヨロヨロと正面入り口に至る長い長い階段を上がる。
「う、うわっ!」
積もった雪に足を取られ、すっ転ぶ。
それでも何とか立ち上がり、階段を上る。
もう手は真っ赤で、服は濡れてない箇所はどこにもない。
吐く息は白を通り越して氷でも混じりそうだ。
――寒い寒い寒い寒い寒い。
もうそれしか頭にない。
そしてどうにか階段を上りきり、今度はこれまた長いお堀の通路を歩く。
――あ……。
フッと足の力が抜けたかと思うと、私は雪の中に倒れる。
――え……な、何で……?
確かに寒い中、雪かきをしたけど、行き倒れるほど消耗したわけじゃないのに。
――まさか、低体温症……。
人間、基礎体温が低い状態が続くと代謝が下がる。
そしてさらに下がると筋肉が動かなくなり、最終的に心臓も止まるという。
雪かきというと身体が暖まる作業のはずなんだけど、私は長時間やって体力を使った。
おまけにろくに防寒もせず、しかも起きてから珈琲一杯飲んだだけだ。
洒落にならない。本当に洒落にならない!
――ちょっと待って下さい!塔は本当に目の前なのに!!
必死に自分を叱咤するけど動けない。
寒い。いや、もう寒さの感覚が無い。雪はどんどん降り積もる。
――えー、ここで消えるんですか、私。
やけにクリアな意識の中で考える。
一度も返済要求されてないけど、借金抱えて逃げるのは嫌だなあ。
それと、お世話になった人にもっと美味しい紅茶や珈琲、ココアを淹れてあげたかった。
あと赤いコートの騎士は一度でいいから思う存分にボコりたかった。
――そうだ。せめて何か言葉を……。
思いが通じたのだろうか。私の手がピクリと動く。
どうせすぐ雪に埋もれて誰にも気づかれないだろうけど、でも私の残す最後の思い。
どうか、この雪にだけは見て欲しい。
ゆっくりと、ゆっくりと雪に指を立て、私は言葉を紡ぐ。
そしてそれは完成した。
――これで、大丈夫……。
私は力尽きて雪の中に沈み、静かに目を閉じた。

薄れゆく意識の中、誰かがすごい勢いで走ってくる音を聞いた気がした。

…………。

ぬくぬく。ああ、温かい。あったかいなあ。
頭から足先まで温もりに包まれて。幸せ。
「…………」
私は目を開けた。そして声がした。
「意識が戻ったか」
見覚えのある藍の瞳が、私を見下ろしている。
でも声をかける前に、その人は厳しい顔で私の前で指をチラチラと振る。
何となく目で追っていると、次に彼は
「おまえ、自分の名前は?それと私の名前は言えるか?」
私の意識がちゃんと戻っているか、確かめる質問らしい。
「私はナノ。あなたは、ユリウス=モンレーです」
弱々しく言うと、ユリウスはようやく表情をやわらげる。
「危機は脱したようだな。早く見つけて良かった」
そう言ってユリウスは何も着ていない上半身を起こした。
――え……?
私はまだよく動かない身体で自分の身体を見る。
……全裸。上から下まで。
何となくユリウスをじーっと見上げると、彼は瞬時に顔を赤くする。
「な、何を破廉恥なことを考えている!そういったことは何もしていない!!
窓の外を見たら、おまえが行き倒れていたから急いで保護したんだ。
おまえは全身ずぶ濡れで、服を着せておくわけにはいかなかった!
い、一刻を争うときだったから、私のを着せるヒマなどなかったし……」
――何も言ってないでしょうが……。
でもよく見ると、ユリウスは上半身裸だけど、下はちゃんとズボンをはいている。
どうやらここは彼の作業場の、ロフトベッドらしい。
私は何枚も毛布を被せられ、あちこちに布を巻いた湯たんぽをくっつけられていた。
あとは人肌で温めてくれていたらしい。
――やっぱりユリウスは優しいですね。
まだ心配そうな顔。額に手を当て、熱を測ってくれる。
手荒れがしたざらざらな感触。再会しても変わらない。
――再会……?
頭に疑問符が宿る。そういえばクローバーの塔に何でユリウスが……。
「ところでおまえが雪の上に書いていた文字、あれは何なんだ?」
ユリウスの声で私は現実に戻る。

「『犯人はエース』と書いてあったが奴に何かされたのか?」

――あ。
いや意識がもうろうとしていて。
だ、ダイイングメッセージを残したい年頃でして……。

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