続き→ トップへ 小説目次へ ■冬の目覚め その朝、私はあまりの寒さに目が覚めた。 「さ、寒い!寒いです……」 私は薄い毛布の中にまん丸にくるまって震えていた。 ごく普通に人の来ない店で商売し、ごく普通に片付けをし、ごく普通に寝て起きたら。 「な、何なんですか、この寒さは!」 ガタガタ震えながら身体を起こす。吐く息が白い。 部屋を見回すと、窓の隙間から雪が舞い込み、部屋の隅に薄く積もっている。 「う、うわ。窓開けたまま寝ちゃいましたか、私」 私は慌てて靴をつっかけてベッドを下りる。急いで窓辺に駆け寄って窓を閉めるも、暖かくなった気が全然しない。 よく見ると窓辺から見えるクローバーの街は、完全な雪景色だ。 それに窓は閉めたものの、粗末なプレハブのあちこちの隙間から寒気が流れ込み、相変わらず芯まで凍りそうな室温だ。 「うう〜」 あまりの寒さに私は一度うずくまり、 「こ、珈琲!そうだ、熱い珈琲を湧かしましょう!」 そそくさと起き上がる。 私はナノ。元の世界から見捨てられ、親切なウサギの(自称)友人に、異世界に連れてきてもらった……らしい。 詳細は記憶喪失なため未だ闇の中。というかあまり思い出したくない。 この世界でいろいろあって、私は珈琲や紅茶に関して、少し技能がついた。 で、たくさん親切にしてもらった恩返しに、美味しい飲み物を提供する店をやろうと決めた。 で、クローバーの塔の近くで小さな小さなカフェをやっています。 店員は私一人、開店資金と運営費はほぼ借金、客の大半が知人、臨時休業多し。 ……それだけ聞くと、どこのお嬢様がやってるんだと言いたくなる気楽な店。 でも一応本人は、自立のために一生懸命です。 最近は知人以外のお客さまも増え、売り上げも開店当初よりちょっぴり増えた。 ……で、この雪。 「はあ……暖まります」 お湯を沸かし、熱々のティピカ豆ブレンドを飲んで落ち着く。 そして私はカップを持ったまま窓辺に行く。 窓の外にはボタン雪がしんしんと降り、止む気配は無い。 ほどなくして珈琲を飲み終え、わずかな暖は切れた。 「さ、寒い寒い寒いです!」 それでも仕事に出なければいけないのが生活苦の悲しさ。 それに、動いていれば少しは暖まるだろう。 せめてもの防寒に黒エプロンだけつけ、私は倉庫兼住居のプレハブを出る。 「うわ、プレハブも後で雪かきしないと……」 平屋のプレハブにはこんもりと雪が厚く積もっていた。 元々そんなに頑丈な作りじゃ無いし、今もミシミシと不吉な音がしている。 このままでは雪でプレハブがつぶれてしまう。 「で、でもまずはお店の前を雪かきしないと」 それから私は五歩くらいで『お店』についた。 私の店はカフェというより屋台と言った方が近い。 簡素な作りのドリンクスタンドで、そこに飲料器具を置き、ご注文に応じて豆や茶葉をプレハブまで取りに行く。 良く言えばスローフード、ハンドメイド、手作り。悪く言えば……遅い、効率が悪い。 そういうわけで、なかなか売り上げは増えない。 「良かった……屋台骨は無事でしたか」 胸をなで下ろす。日よけが雪を上手く遮り、下に落としてくれていた。 でもこの日よけも防水性ではない。早くビニールなり何なりで覆わないと。 「余所者さん、おはよう」 先に雪かきしていた近所の人が声をかけてくれる。私も笑顔で、 「おはようございます。すごい雪ですね」 「あんたもこんな店じゃ大変だな。それに、その格好、寒くないのかい?」 ご近所さんに言われて自分の服を見下ろす。 「た、確かに……」 いつもの服と靴に、黒エプロンをつけただけ。 でも私は自分の服をあまり持っていない。生活に余裕が無いし、あまり人に頼りたくないのだ。 もちろん靴は防水性では無く、上着にフードなどついているわけもなく。 髪に靴に、早くも溶けた雪が染みこみつつあった。 「あんた、そのままじゃ凍えるぜ。うちの古着で良ければやろうか?」 「い、いえ、ありがとうございます。すぐ終えますから、お気遣いなく!」 親切なご近所さんに頭を下げ、とりあえず雪かきを始めることにした。 このシャベル。あまり物を持たない私がたまたま持っているシャベル。 開業時、友達のネズミさんからもらったものだ。 あのときついていた褐色の汚れが何だったのか今も分からないですが……。 そして私はざくざくと店の前の雪かきを始めた。 そしてそれなりの時間帯が経った。 ――さ、寒い……。 動いていれば暖かくなるかと思ったけど、 ――ゆ、雪がどんどん振ってきて……。 濡れネズミならぬ濡れナノの完成である。 ――というか、雨は降らないのに何で雪が降りますか。そもそもなぜ雪が……。 寒い。頭が寒すぎて何も考えられない。というか元々あまり考えてない。 ご近所さんはというと、私がもたもたしているうちに、手早く雪かきを終え、暖かいご自宅に戻っている。 見回す限り、もう私くらいしか外にいない。 「こ、これは、もう休業にす、するしか、ないですね」 寒さに負けてはいない。 私は雪かき半ばでスコップを屋台スタンドに立てかけ、使い慣れた(慣れたくない!)『臨時休業』の札をスタンドにかける。 そして濡れそぼつ身体を、かじかむ手で抱えた。 「こ、珈琲、紅茶、緑茶、ココア!な、何でもいいから、温かいものを……」 そしてプレハブに戻ろうとしたとき、低い、でも硬い、不吉な音を聞いた。 そう、まるで粗末なプレハブが雪の重みについに限界に達し、潰れそうな……。 「あ……」 スローモーションのようにゆっくりとプレハブが潰れた。 私の倉庫兼居住地。みるみるとガレキに戻っていく。 そして銃撃戦に慣れたご近所さん方は、この程度の音では誰も出てこない。 私は降りしきる雪の中、全身雪と水にまみれ、呆然と立っていた。 1/5 続き→ トップへ 小説目次へ |