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■いつも笑顔で・下

「ナノ、ナノ!!愛しています!」
「あのですねえ、ペーター」
けれどペーターは周囲を気にせず私に触りまくり、頬ずりしてくる。案の定、
「先に目障りな白ウサギを排除するか……」
「帽子屋。協力しないでもない」
何やらグレイとブラッドが共闘しようとしている。奇跡的な光景だ。
どうなるんだと思っていましたら、
「やっと目的地についたぜ!ナノ、珈琲淹れてくれよ!」
何かエースがどこからか現れた。
「あ、すみません。エース。まだ開店前なんですよ。ペーターもアレでコレですし」
ペーターにすりすりされながら私は言う。するとエースは剣をぬくなり、
「そう?じゃあまずペーターさんを排除してあげるよ」
「……て、ちょっと!!」
「ナノっ!!危ない!!」
寸前でグレイに引き寄せられ、ペーターと剣から逃れる。
エースは笑顔で私ごとペーターを叩き斬ろうとしたのだ。
むろんペーターは時計を銃に戻し、
「エース君、僕と彼女の逢瀬を邪魔するとは万死に値する!!」
「あはは。ナノは俺と旅に出るんだぜ」
するとブラッドもマシンガンを構え直し、
「騎士か。おまえもお嬢さんを虐げる一人だったな。始末しておくか」
あ、やっぱりバレてましたか。でも先にグレイがブラッドにかみつく。
「一番虐げているのはおまえだろう、帽子屋!!」
「ブラッドに何しやがる、トカゲ!!」
「わ、わわ!こっちに撃つな!グレイ、助けてくれ!」
「ねえ、兄弟、誰と戦えばいいと思う?」
「みんな殺しておけばいいよね、兄弟」
「…………えーと」
何やら銃撃戦とか斬り合いとか始まった。
私はとりあえず少し離れた場所に避難する。
そしてぼんやりと男どもの戦いを眺めていた。
それにしても、楽しそうでいいな。
人をダシにして遊ばれるのは面白くないけど。
きっと皆ヒマすぎて、苛々してるんだろうな。
みんな玉露を飲んで苛々を忘れればいいのに。
――そうだ、みんなに美味しい玉露を淹れてあげますか!
私はいいことを考えた。
それで美味しい和菓子も一緒に食べれば皆仲良くなれ……るかな?
――ダメです、そんな笑え……いえ平和的光景などとうてい想像が!!
それでも悲観を押し殺し、黒エプロンをしめなおし、
……そのとき、誰かが撃った銃弾が私の店を……。
次の瞬間に轟音。そして土煙を立て、私の店がぺしゃんこになった。
「あ……ああ〜」
元々ボロかったプレハブ建築は見事に灰燼に帰した。
中にある飲料器具や茶葉、珈琲豆もろとも。
しかしその音さえ銃撃戦に紛れ、男性陣は気づかない。
――どうしよう、すぐに元に戻るわけじゃないですし。
寝る場所とか、軌道に乗り……かけてない店の再建とか。
ああ、自分が被害を受けて初めて分かる役持ちの迷惑さ。
泊めてくれるあては山のようにあれど、正直、私の店を壊した連中には頼りたくない。
――どうしましょうかねえ。
私は銃撃戦を背に、ホウキに持たれ、のんびりと考える。
――ま、どうにかなりますよね。
居場所なんて、逆にない方がスッキリすることもある。
方丈記を書いた人も、最初は大きなお屋敷に住んでいて、最後は小さな庵で落ち着いたというし。
私は肩をすくめ、ホウキをそこらに置いて、とりあえず歩き出す。
散歩でもして銃撃戦が終わるのを待とう。
その後で頭が冷えた馬鹿ども……コホン、友人たちに相談しよう。

そう、いつも笑顔で。楽しく考えよう。

そのとき、道の向こうから駆け寄ってくる影があった。
「ボリス、ピアス!」
チェシャ猫と眠りネズミは笑う。
「ナノ、久しぶり。あんたの店に行こうと思ってたんだ」
「ナノ!いいことあったの?何か楽しそうだね」
「え……あはは」
この世界の住人である彼らは遠くの銃撃戦に全く反応していない。
「あ……店は、ち、ちょっとお休みなんですよ」
私はやや引きつりながら返答する。
「へえ。じゃあさ、久しぶりに一緒に遊ぼうぜ」
「そうだよナノ!行こう!」
「いいですね。ではお言葉に甘えますね」
「やったぁ!」
「よしっ!」
ピアスが万歳をして喜んでくれる。ボリスも嬉しそうだ。
私も笑う。
「じゃあ、行こう!」
「ナノ!手をつなごうよ」
無邪気な動物さんに両側から手をつかまれ私もうなずく。
そうして三人で仲良く歩き出した。
そのとき風が吹き、その心地よさに私は顔を上げる。
「いい天気ですねえ……」

でも、いつかは私もちゃんと選ぶのだろう。
そのときはブラッドの予言通りに、自分の意思で屋敷の門をくぐるのかもしれない。
もしくはグレイに恋し、優しく手を引かれ、塔に入るのかもしれない。
あるいは本当に、エースの手を取って、この国を去るのかもしれない。

でも一歩も動かず、このままでいるのかもしれない。
粗末な小屋で細々と店を続け、お茶を淹れ、ずっとずっと……待っているのかもしれない。

けれど先の事はナイトメアにさえ分からない。
私はまだ、薄氷のような自分の場所を選んでいる。
これからどうなるのか、誰も知らない。
でも楽しく考えよう。そうすれば、いつだって楽しいことが向こうからやってくるものなのだ。

背後の銃声を聞き、そよかぜに吹かれ、私はのんびりと笑う。

見上げる不思議の国の空は、どこまでも澄みきった快晴だった。


………………
Thank you for the time you spent with me!

2011/4/29
aokicam

7/7

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