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■いつも笑顔で・上

私は開店前に、朝日に包まれ、ホウキで店の前を掃いていた。
――ああ、気持ち良い。
夜から朝の時間帯に変わった不思議の国は、なぜか早朝の匂いがする。
ひと気もなく気持ちがいい。
そして、誰か合図した気がしてふとクローバーの塔を見上げる。
すると塔の窓からグレイが笑顔で手を振っていた。
私も振り返し、微笑む。けれど、グレイは手を妙な具合に振る。
あの手の合図は……。
――『閉店後に行く』って、またですか?
『いえ、それはご遠慮を』と必死に合図を送り返すけど、グレイはきれいに無視して、もう一度手を振って去って行った。
――いちおう、鍵をかけておきますか……。
多分こじ開けられるでしょうが。
「ナノ」
そのとき声をかけられた。
振り向くと、いったいいつからいたのだろう。
「ブラッド!」
私は驚く。彼の方から来るなんて。しかも朝の時間帯に。同時にげんなりした。
「あの、ブラッド。日中は勘弁してください。この間あなたのお屋敷に行ったばかりでしょう?それに……」
けれどブラッドは聞いていない。
「ナノ」
「え?」
突然、ブラッドが帽子を取ると、私の手を自分の手でつつむ。
そして帽子屋ファミリーのボスはそっと片膝をつき、まるで女王にするように恭しく私の手に口づける。
そして言った。

「君を愛している」

「…………遅いですよ」
私はそれだけ言った。ブラッドは不機嫌そうに顔を上げ、立ち上がる。
そして帽子をかぶり直し、
「お嬢さん。その反応は少々冷たくないか?」
「だって、本当に遅いんですから」
ホウキに持たれながら私は、ブラッドを冷たく見上げる。
もう少し前の時間帯、別の状況で言ってくれたら、涙と共に受け入れるルートもありえたのに。
本当にタイミングの合わない人だ。
「それはそうと、会合が終わったのになぜ黒スーツなのですか?」
そう。ブラッドはあの妙な白い服では無く、会合時に着用するスーツを着ていた。
「お嬢さん。君の酷薄な仕打ちにはときどき涙が出そうになるよ。
それはそれとして、この格好は、君との結婚式だからだ」
「へえ、なるほど」
私はブラッドに背を向け、再びホウキで店の前を掃きながら適当に答え、

「…………結婚式?」

ホウキを取り落とし、ブラッドを振り返る。
私のペースを崩せたブラッドはようやくニヤリと笑い、
「ああ。これから教会で行う。行くぞ、ナノ」
「じ、冗談じゃありませんよ!何だっていきなり!!」
こちらにのびるブラッドの手をあわてて避けながら言うと、「私以外の男に、君が組み敷かれている現状は耐えがたいからな」
「そ、それは確かに私も問題があると……」
ついうなずいてしまう。複数の男性と関係を持つなど、ふしだらにもほどがある。
けれど何となくそうなって、ずるずる来てしまった。
「君はのんびりしすぎてこの状況を受け入れている末期状態だ」
「い、いえ、そこまで言わなくとも……」
「言うとも。だが君の選択に任せようと待ってみても君からは屋敷を訪れず。
無理やり連れ帰ったところで隙を見つけては逃げ出す」
そして持っていたステッキを私に突きつける。
「だが君は秩序を好む傾向にある。ならば君と正式な婚姻関係を結び、その誓約を持って君を屋敷に永久に縛りつける。
そうやって住み処を確保してやるのが飼い主の義務というものだろう」
「い、いえ、いろいろおかしくありませんか、その理論」
私は恐れおののいてさらに後じさりする。
けれどブラッドはこちらに手を伸ばし、
「そういうわけでプロポーズもすませた。来い、ナノ」
「私の返答を聞かないんですか!?」
「君は私のものだ。最初から選択権などない」
――プロポーズの意味、なくありませんか……。
逃げようときびすを返すと、その前に腕をつかまれた。
「私から逃げられると思うか、お嬢さん」
「は、離してください!!」
けれどブラッドは痛いほどに強く腕をつかむ。
このままでは無理やり教会に連れて行かれる。
そのとき、声がした。
「ナノから離れろ!!」
――グレイ!?
私が希望をこめて顔を上げると……夢魔が浮いていた。

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