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■貴様にやる玉露はない

「嘘八百!?」
私は驚いた。青年はうなずき、
「ユリウスに君のこと聞いたぜ。
記憶喪失になる前の君はペーターさんのことすごく怒っていて凶悪だったらしいじゃないか。
そういうのは婚約者じゃないと思うな」
「ええっ!」
私はすぐさまペーターから距離を取る。
そして正しい知識を教えてくれた青年氏とユリウスさんに感謝した――うら若い娘を凶悪呼ばわりするのはどうかと思うけど。
「ペーター、私のことをだましていたんですね!?」
「あああ、愛しいナノ。
どうか誤解しないでください。
僕はあなたの幸せを思ってだましたのです。
僕と結婚してくれれば、あなたは何も苦労を知らず永久に城で楽しく過ごすことが出来る……どうかそうしてください!」
ペーターに熱く説得される。だけど私は背を向けてキッパリと立ち去る。
地面に崩れ落ちて嘆くペーターと、笑う青年。
私は去り際に振り返り、冷たく言い放つ。
「人をだますウサギさんは信用出来ません」
そして胸に玉露の袋を抱え、ビシッと言ってやった。

「あなたのようなひどい人と、私の玉露を分かち合おうとは思いません!」

「え? ええ、あ、はい。
緑茶は僕も苦手なもので。
お一人で堪能して大丈夫ですよ」
「俺もお茶より珈琲かな」
……決めゼリフのつもりだったのに二人の反応が薄かったのに傷ついた。

それはそれとして、失われた記憶の行方を聞くことを完全に忘れていた。

とりあえず時計塔に戻るため私は昼下がりの道を歩いていた。
私はユリウスさんに会うつもりだった。
ユリウスさんは多少私のことを知っているらしいし、彼といるとなぜか安心出来る。
こちらのことや私の記憶について改めて聞き、お言葉に甘えて泊めてもらおう。
図々しい私は、半ば塔に住んだ気持ちで浮き浮きと歩いていた。
すると、
「おーい、ナノーっ!!」
この世界に来て間もない私を呼ぶ声がした。

ふりむくと、エリオットが全速力でこちらに走ってくるところだった。
「はあ……はあ、よ、良かった。白ウサギか時計野郎にあんたが捕まってないか心配だったぜ」
私をだまそうとしたペーターはともかく、ユリウスさんは悪い人ではないと思うけど。
けれど時計氏の弁護をするより早く、エリオットはまくしたてた。
「あのブラッドがっ! 許可したんだっ!!」
「な、何をです?」
目の前に私がいるのに鼓膜が破れそうな大声。
だがエリオットは興奮に顔を上気させ、叫ぶ。
「緑茶飲んでいいって!!
急須とか湯呑みとか、あんたの好きに買っていいし、お茶会で飲んでもかまわないってっ!!
あのブラッドが! あんた一人のためにルールを変えたんだ!!」
「え……ああ、どうも」
天地がひっくり返るような朗報を持ってきた、と言いたげなエリオットに、さっきのペーターと青年氏ではないが私も反応が薄い。

緑茶くらい飲んだっていいじゃないか、日本人だもの。
ナノ

ちなみにエリオットは使用人さんたちを伴ってきたらしく、息も荒いエリオットの
後ろから、屋敷でチラッと見かけた使用人さんたちが何人も走ってやってくる。
そしてその後ろから、優雅に歩いてくるのは。
「やあ、お嬢さん」
ブラッドがあらわれた!

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