続き→ トップへ 小説目次へ ■休みの多いカフェ クローバーの塔のそばに、最近小さな小さな店が開店した。 最後の会合が終わり、少し経ってからのことだ。 名をカフェ『銃とそよかぜ』という。 でもその店をカフェだとは誰も思っていない。 自称カフェというか、なんちゃってカフェと言おうか。 とにかく素人が即効で作ったような店で、カフェどころか「プレハブ倉庫つき屋台」と言った方が正確だ。 それくらい小さくて粗末な店だった。 小さい店に合わせ、店員は少女一人。 倉庫兼住居のプレハブに寝泊まりする彼女は、余所者だという。 いつもニコニコ、のんびりしたこの少女が全ての飲み物を入れる。 一人だから、彼女が店長のはずだが、これが会計もろくに出来ないおっちょこちょい。 会計ごとの慌てふためきように、可哀相になった客が、自分から釣り銭の多さを指摘するレベルだ。 しかも仕入れ下手なのかメニューをちょくちょく切らす。 極めつけに店をしょっちゅう休む。本当に休む。 理由もなく閉めているときもあれば、仕入れに出かけてそのまま戻らないときもある。 普通ならこんな店は開店と同時につぶれるだろう。 でも一向につぶれない。品揃えが豊富で、良心的な価格設定ということもあるだろう。 けれど何より飲み物が美味しい。とにかく美味しいのだ。 紅茶を頼んでも珈琲を頼んでもココアを頼んでも、高級店のような出来のものを出す。 おかげで、店は危なっかしいながらも、途切れずに客が来ている。 加えて店主の余所者は顔が広いのか、店に役持ちがしょっちゅう立ち寄っている。 一番見かける客はハートのお城の宰相殿。 毎度のように開店直後にやってきて珈琲でも紅茶でも注文しまくり、うんざり顔の店主を前に、延々と背筋の寒くなることを語っているらしい。 たまにクレームをつける顔なしの客を撃とうとし、少女に怒鳴られていたりする。 次に多いのは塔の補佐官。 外回りのついでに立ち寄り、部下の分までココアを頼むのが習慣なようだ。 もちろん帰りぎわにも立ち寄り、またココアを頼む。 身体の弱いご領主さまも常連で、三人で賑やかに話している姿も見かける。 そして、この補佐官はどうも少女店主といい関係らしい。 閉店後、彼がプレハブにこっそり入っていく姿がときどき目撃されている。 ただ関係は順調ではないのか、たまに中から喧嘩している声が聞こえるという話だ。 放浪のハートの騎士もよくやってくる。 彼はこの店をゴール地点に設定しているらしく、付近の者はよく店の場所を聞かれる。 ただし店にたどりついても、ほとんど注文せずに長時間帯、居座るらしい。 余所者の少女は彼が来るとちょっと嫌そうな顔をする。 眠りネズミもちょくちょく現れ、砂糖どっさり珈琲を頼んでいる。 チェシャ猫も、頻繁に訪れては楽しそうに話をしている。 ごくたまに、ハートの城の女王様がお忍びで来ているのを見かけることもあるらしい。 だから相性の悪い役持ち同士が鉢合わせして銃撃戦、ということも少なくない。 そのたびに少女の怒声が響いている。 恐ろしいマフィアの幹部たちもよく来店する。 三月ウサギはメニューにないニンジンティーやニンジン珈琲を頼んで店主を困らせるらしい。 ブラッディ・ツインズはクリーム山盛りココアや珈琲を頼んでいる。 ちまたの噂では、この余所者店主はマフィアのボスの愛人らしい。 けれど、塔の補佐官殿と関係があるようだし、第一あまりに『らしくない』外見なので、誰も信じていない。 でもこの店や店の周辺が、抗争や場所代徴収の対象外なのは事実だった。 付近の住民はそれを不思議がりながらも、ありがたく恩恵にあずかり、少女のご機嫌を取っている。 けれどたまに三月ウサギが、嫌がる彼女を帽子屋屋敷に連行する姿を見ることがある。 そんなときは店はそこそこ閉まり、宰相や補佐官が店の前で歯がみすることになる。 そんなときにうっかり彼らの視界に入ると、撃たれたり斬られたりするから気をつけろ、というのがご近所の常識。 皆はヒソヒソと噂する。あの余所者はきっと三月ウサギの機嫌を損ねたんだ、マフィアの拷問に合っているに違いない。二度と帰らないよと。 けれど、しばらくすると余所者の少女は何ごともなかったかのように戻って来て店を再開させている。 でもひどく疲れた顔をしているらしい。 この店は役持ちの完全なたまり場になっていた。 こんな貧相な店がどうして、と誰もが分からないでいる。 でも役持ち御用達ならば、と行ってみようとして……。 そんな時は大抵『臨時休業』の札が下がっている。 5/5 続き→ トップへ 小説目次へ |