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■対決・下

暗い談話室に、張りつめた空気が広がる。
ブラッドは見る間にステッキをマシンガンに変える。
それと同時に、グレイもナイフを臨戦態勢に構える。
「ぐ、グレイ!ブラッド!」
私はただ叫んだだけ。グレイは、マフィアのボスに一歩も臆すること無く、
「会合が終わって良かった。おかげで協定に構うこと無く帽子屋を屠ることが出来る」
「寝取られたからといって余裕がないな、トカゲ。
もうお嬢さんは自分の意思で帽子屋屋敷にとどまっているというのに」
優位に立っている余裕か、ブラッドはニヤリと笑う。
だけどグレイも負けてはいない。
「彼女の意思を無視して無理やり奪っておいて、か?
そして開き直るなど、本当にマフィアはクズの集まりだ」
「あいにくとそういった商売のものでな」
そうしてマシンガンをグレイに向ける。
「さて、会合が終わればこんな塔に用など無い。
ナノを連れて屋敷に帰る。そこをどいてもらおう、トカゲ」
「渡すと思うか?」
「だろうな。お嬢さんは何かと流されやすい。
トカゲごときに誘惑されるなど、悪趣味にもほどがある」
「悪趣味の筆頭を行くおまえに言われたくはないな」
――そ、それは確かに……。
何となく内心うなずいてしまう。
けれど空気は緊迫の一途をたどっている。
私も言うべきことは言わなくては。
「ブラッド……あの……わ、私……ぼ、帽子屋屋敷にはこれ以上は……」
最後の方は震えて言葉にならない。
そしてブラッドも、やっと言えた私の言葉を完全に否定した。
「屋敷に馴染んできたから優しくしていたが、まださ迷っているらしいな。
連れ帰ったら、また以前のようにしつけ直さなければならないようだ。
自分が誰の飼い物であるか分かるまでな」
「……っ!」
「帽子屋っ!!」
ブラッドの視線に、私の全身が恐怖に震える。
忘れようとした、無かったことにしようとしていた。
けど彼との行為はいつも甘いわけではない。
特に屋敷に連れ戻された当初は。もっと恥ずかしいことや痛いことを数え切れないくらいされた。
そんなとき、いくら泣いて懇願しようとブラッドは止めず、逃げ場もない私は従うしかなかった。
「ナノ……」
グレイが私の怯えを察して、ブラッドの視線から庇ってくれる。
「マフィアのところへは帰さない。彼女は塔の……俺の女だ!!」
ブラッドは冷ややかに、
「いい機会だ。目障りなトカゲがいなくなれば、私のナノも未練なく屋敷に戻れるというものだ」
瞬間にグレイが動き出す。同時に、ブラッドのマシンガンが火を噴いた。
鼓膜が破れそうな轟音。粉々に破砕されるガラス。
「――っ!!」
「ナノ、伏せていろ!!」
言われなくとも、私はテーブルの間に伏せ、頭を抱える。
そして頭上で始まる銃撃戦。
止めなくては。勇ましいヒロインなら止めるべきだ。
でも私は怖くて怖くて仕方なかった。
――ど、どうしよう、どうしよう……。
かなり経ったけど、銃声と剣の音はまだ続いている。
塔の人たちは撃ち合いに慣れているのか、危険を回避したいのか、誰も現れる気配がない。
けんかっ早い会合のお客は軒並み自分の領土に帰っている。
エリオットたちが来ないのは、恐らくブラッドの指示だろう。
だとすると、本当に止めるのは私しかいない。
でも闇が包む談話室で、私はみっともなく震えていた。
――どうしよう。このままじゃ、本当にどっちかが……。
それだけは絶対に嫌だ。グレイは私を誰よりも思ってくれる人だし、ブラッドも……ええとまあ、衣食住全面的に世話になっている。
なのに二人が喧嘩していて、私はテーブルの下に隠れて。
――私……私は……こんなのは絶対に嫌。
涙がこぼれる。怖いのでは無く、自分が情けない。
銃弾が怖い、ナイフが怖い。
足がすくんでどうしても動けない。目を閉じて子どものように怯えている。

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