続き→ トップへ 小説目次へ ■最後の会合 最後の会合は着々と進行しているらしい。 あの会議場では、中身のない議題が中身もなく話し合われているのだろう。 でも今は、少しでも長引いて欲しい。グレイに期待するしかない。 そして私は一生懸命に準備に走りまわる。 「ナノさん、こっちはどうします!?」 「カップが足りません!すぐに取ってきます!」 「ケーキが足りないぞっ!!追加をすぐに作れっ!!」 「その豆はこっちに、そっちの茶葉はここに置きます!」 一刻一刻が息苦しいほどに長く、冷酷なほどに短い。 私は厨房の人たちと一体になって走り回った。 何しろ本来なら中心となるべき私が、最後の会合直前まで忘れ……マフィアに囚われていたのだから仕方ないといえば仕方ない。 でも誰も文句を言わずに手伝ってくれた。 テーブルには真新しいクロスを張り、メニュー表を整え、床はホコリ一つ床に残さないよう繰り返し掃除する。 器具を全て設置、豆と茶葉の位置をそろえ、ミルクを冷蔵庫に突っ込む。 ――どうか、間に合ってください……。 そして、最後の会合が終わった。 「はあ、疲れた……あれ?」 「もう早く帰ろ……え?」 談話室に入ってきた人たちの間にざわめきが走る。 そう。あのいつもの憩いの間は、普段と全く内装が違う。 「え……何々?何を始めたの?」 キョロキョロと辺りを見る彼らに、私は微笑む。 「いらっしゃいませ、ご注文をどうぞ!」 「ナノ!?」 戸惑う知人たち、初めて見る顔なしの人たちに、私は笑顔を作る。 「今だけカフェ『銃とそよかぜ』にようこそ!」 ……まあ、他愛もないアイデアだった。 エースが私のお茶で少し笑顔を見せてくれたとき。 会合に倦んだ人たちを、美味しい紅茶や珈琲でいたわれないかと思ったのだ。 何だかんだ言って、私はこの世界ではほとんど稼がず、彼らに頼り切った生活をしていた。 少しでも何かお返しが出来ればと思ったのだ。 ただまあ、いろいろがいろいろあって、九割以上の準備をグレイに丸投げ。 私はアイデアを出して、開催直前にちょっと準備を手伝っただけという、ナイトメア並みのことをしてしまったのだけど。 「こら、ナノ!私並みとは何だ、私並みとは!!」 「あ、ナイトメア、お久しぶりです」 人ごみをかきわけて真っ先にカウンターに寄ってきた夢魔に微笑む。 彼にもずいぶんお世話になった。 「そうとも、私は偉い!!こうして店を開けるのも、私が許可を出して!資金を全面的に出したからだっ!!」 自分で言わなければ本当に偉く見えたと思うのに。相変わらずいろいろ残念な人だ。 「ナノ……ちょっと泣くぞ」 「はいはい。ご注文は何になさいますか?ご領主様」 「苦い大人の珈琲を!もちろんブラックで!!」 「承りました」 私は手早く珈琲豆と牛乳とお砂糖を取って作り出す。 そうしてナイトメアに甘い甘いカフェオレを出したとき、ようやく他の人たちも動き出した。 次に駆け寄ってきたのは久しぶりに会うペーター=ホワイト。 「ナノ、ナノ!!あなたが雑菌だらけの男どもにお茶を淹れるなんてっ!! ああ、この場にいる全員を撃ち殺してしまいたいっ!!」 「物騒なウサギさんに淹れる飲み物はありませんが」 「…………あなたのオススメの紅茶を淹れてください」 しおしおと耳を垂れるペーター。すると、彼がどくのを待……たず思い切り突き飛ばし、エースが正面に現れた。 「俺は何か珍しい珈琲が飲みたいな」 「はい、了解です。オススメは……」 「エース君っ!!」 ……そして起き上がったペーターがエースと撃ち合いを始めて。 その隙にボリスがすっ飛んできた。 「俺、お魚入りの珈琲ね!」 あるか、そんなもん。けれど答えるより早く、ビバルディが、 「わらわはアッサムのアールグレイを。美味く淹れられなければおまえと言えど首を斬るからね」 「ナノ!俺!俺は珈琲!にゃんこが来ても起きてられるような苦いの!」 「ひ……ね、ネズミ!誰かこやつを始末せよっ!!」 「おおせのままに、陛下!」 ピアスが来て、ビバルディが悲鳴を上げ、乱闘を制したエースが戻って来て……。 何だか混雑とは別の意味で場がざわついてきた。 「ちょっと!皆さん喧嘩ならよそでやってください!!」 私は抗議するけど誰も聞いていない。それどころか、 「余所者さん。俺はアラビカのブラックな」 「あたし、キャラメル・マキアートを頼むわね」 「チャイって淹れられる?」 「ち、ちょっと待って下さい……ええと……」 すぐそばで撃ち合いが行われているのに、みんなこういったことに慣れているらしい。 顔なしの人たちは平気な顔で、次々に注文に訪れる。 「ちょっとお並びください、お並び下さい……」 元々よろしくない私の頭は、早くもパンク寸前だった。 1/5 続き→ トップへ 小説目次へ |