続き→ トップへ 小説目次へ ■グレイとの再会・上 「珈琲、ココア、珈琲、ココア……」 ブツブツ呟きながら私は塔の廊下を歩く。 会合はもう始まっているけど、私は特に参加していない。 ただボケーッと過ごしてエリオットたちの愚痴を聞いて。 そうして会合の期間がゆっくり過ぎていく。 そしてさ迷い出てしまった。ブラッドのいない隙を見計らって。 私が大人しくしていたので、最近は見張られることもほとんどない。 それに、屋敷を出て行こうとする私の思いとは裏腹に、ブラッドは私が屋敷に居着きかけていると確信しているらしい。 以前と比較し、自由な行動が許され、お供の人もいない。 ――珈琲飲みたいですね。珈琲、珈琲。ココアもいいな。 歩きながら、うっとりと目を閉じて夢想に耽る。 本当に外に飲みに行こうか。 ――いえ、何とか厨房に行けないでしょうかね。 あの私の厨房に戻って……。 「何、いつまでも図々しいことを考えていますか、私」 帽子屋屋敷とはお別れしたいけど、塔に戻ることも考えていない。 ――本当に、いつまでも甘えてばかりで成長がないですよ……。 鬱々と自己嫌悪に浸りながら目的も無く私は歩いていた。そのとき、 「っ!!」 ふいに近くの客室の扉が開き、私は後ろから引き寄せられた。 緊張で身が強ばる。 いつぞやは人質になったことだってあるのだ。 「こ、この……だ、誰か!」 私は全力で暴れ、叫んだ。けれど、 「ナノ、待ってくれ。俺だ」 「グレイ!?」 慌てて振り返ると、間違いなく黄色の瞳の補佐官だった。 彼は私を客室に引き入れ、鍵をかけると微笑んでくる。 「久しぶりだな。やっと堂々と会うことが出来た」 「はあ……ど、どうもご無沙汰を」 ――堂々と?ていうか、なぜ鍵を? でもそれどころではない。 「グレイ、すみません。私、まだブラッドを説得は……」 というか言い出してさえいない。 「いや、そうだろうと思っていた。奴はファミリーの主だからな。 俺は君とは、例のアイデアについて打ち合わせたいと思っていたんだ」 「例のアイデア……?」 私は頭に疑問符を浮かべた。 …………。 「あ、あああああーっ!!」 「ナノっ!声が大きい!」 口を押さえられ、慌ててうなずく。 いやあ、完全に忘れていました。塔にいた頃に発案したあの企画。 屋敷でグレイと再会したとき、進行中だと言われて感動さえしたのに。 完っっ全に忘れていた。 会合の準備に加え、そんな面倒なことをしていたグレイはきっと多忙どころではなかっただろうに。 「ごめんなさい、グレイ。本当にありがとうございます」 感謝しきりで頭を下げると、グレイは逆にすまなそうな顔になる。 「謝りたいのはこちらだ。材料の調達が思うように行かず、結局君の専用厨房を丸ごと予定場所に移す形になりそうなんだ」 「それでかまいませんよ」 むしろ願ったり叶ったりだ。 「塔には戻らないと思いますから、あの専用厨房は片づけちゃってください。 ナイトメアには、いつかお金を必ずお返しします」 どうやって稼ぐかはさておき。 するとグレイが沈黙した。 すぐ私も『しまった!』と思う。 空気がみるみる冷えていく。グレイは低い声で、 「……噂では屋敷の庭園に茶園を作り、ブラッドとの仲も良好だと聞くが」 「ち、違います違います!!屋敷は出るつもりです!」 「だが、塔にも戻らないんだろう。なら君はどこに行くんだ?ハートの城か?」 「いえ、あそこだけは絶対に……」 あれは城という名の伏魔殿だ。入ったが最後、誰かに食い物にされる。 とはいえ、この間から私の態度はハッキリしない。 塔に戻らないと言ったかと思えば珈琲飲めないから屋敷を出ると言ったり。 ――私自身はどうしたい。 それが定まらないから、方向を決めようが無いのだ。 ビクビクしてグレイを見上げていると、 「ナノ……君みたいな子がマフィアのボスの情婦とは、想像がつかない」 グレイは自虐的に笑い、私を見下ろす。 「え……」 急に話を変えたグレイに戸惑いながらも、 「え、ええまあ。自分でもちょっと『らしく』なさすぎかなと……」 「だが、ときどきとても納得が出来るときもある。今のように。 俺やブラッド=デュプレを手玉に取り、男どもを翻弄している君を見ているとな」 ――あ、まずい。怒った。 それはまあ怒りますか、と呑気に考えているヒマもなく。 気がつくと、私は彼にキスされていた。 3/4 続き→ トップへ 小説目次へ |