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■白ウサギ氏の嘘と謎の青年

「でもそれなら何で私はあなたを殴ったんですか?」
ユリウスさんの言葉を私は思い出していた。
「それはもちろん、愛ですよ。しつけのための愛なら暴力もやむを得ません!
もちろん僕の方は、あなたに何かするくらいなら壁に頭をぶつけて死にますが!!」
「いえ、それ完全に末期思考というか犯罪ですから」
とはいえ私は暴力を受ける側ではなく与えた側のようだ。
よく分からないが婚約者に対しDVとは、なんてひどいことをしてしまったのだろう。
「本当に本当にごめんなさい、ペーター。
どうかあなたの婚約者を許して下さい。
二度と殴ったりしませんから」
何度も頭を下げるとペーター氏は慌てたように、
「そんな……許すも何も、僕は嬉しかったですよ。
頭を上げてください。あなたはここにいる。
それ以上に嬉しいことはありません」
「ペーター……何て優しい人なんでしょう」
本当に、こんな人――暴力を嬉しいと言い切るのはアレですが――に私はなんてひどいことをしたんだろう。
私はますます、すまなくなって、
「どうすれば埋め合わせを出来ますか?
何でも仰ってください」
「ええ、な、な、何でも!?」
「ええ、何でも」
私は心をこめて頷く。
今や玉露をあげてもいい気分だった。
するとペーターは腕を私の背に回し、優しく抱きしめる。
吐息が頬にかかり、荒い呼吸が伝わってきた。
「で、で、では、ナノ……」
鈍い私にも、これから何をされるのか分かった。
「はい、ペーター」
ペーターの顔が近づいてくる。
長いまつげの下の赤い瞳は私の心まで狂わせる情熱の炎。
私は目を閉じてその瞬間を待った。

「――っ!!」
どんっと突き飛ばされ、私はベンチから転げ落ちた。
やわらかい芝生が受け止めてくれたとはいえ、とんだサプライズだった。
やっぱり殴られたことを怒っていたんだろうか。
私が申し訳なくなって目を開けると、
「あれ? 避けられちゃった?」
赤いコートの、ウサギ耳ではない青年が立っていた。
ウサギ耳ではないが、抜き身の剣を持っている。
ペーターは私に危険がないように突き飛ばしてくれたらしい。
「エース君……」
「女の子が襲われていたから助けようと思ってさ」
「襲われていた?」
私は襲撃者から逃れるため、婚約者の後ろに隠れる。
もちろんペーターはすぐに私を庇うよう前に立って、胸を張り、
「これで分かったでしょう。
彼女は僕の婚約者で、僕を信頼してくれている。
あなたは横入りしてきた馬の骨にすぎない」
「ええー、ひっどいなあペーターさん」
青年は爽やかに笑う。けれど剣はしまわないままだ。
「その子が記憶喪失なのを良いことに嘘八百吹き込むのもどうかと思うけどな。
それでいけない行為に持ち込もうとするなら、結局襲うのと同じだと思うぜ」
「嘘八百!?」


3/5

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