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■最後の会合へ

そのときは、突然に訪れた。
朝の時間帯。私がベッドから目を覚ますと、黒いスーツに着替えたブラッドがいた。
「ナノ。会合に行くぞ」
「……はい」
そう言われて私もうなずくしかない。ブラッドは私も伴うつもりだ。
恐らく逃げない私を見せつける目的で。
そして使用人さん達が入ってきて、いつものように身体をきれいにしてくれる。
そして、いつもよりもっときれいな会合用の服を着せてくれた。

私の答えはまだ出ない。
紅茶を見つけたり、妙な幻覚を見て、その後ずいぶん疲れたりと妙なことはいくつかあったものの、未だに私は自分が何をしたいのか、決めかねていた。
「お姉さん、憂鬱そうだね。お姉さんも会合に行くのが嫌?」
「僕たちもだよ。早く屋敷に戻りたいよね」
理屈が未だに不明だけど、大きくなった双子が私の顔をのぞきこむ。
二人に頭をなでなでされながら、私は宿題を片づけていない子どもの気分だった。
グレイに自分で何とかすると宣言したものの、未だ何もしていない。
これではズルズルと会合に参加し、結局帰る羽目になってしまう。
「私、茶園を見てきますね」双子の頭を撫でようと……して背が高いため果たせず、逆に余計わしゃわしゃされ、私は頭を手櫛で整えながら屋敷を出た。

「はあ……困りました……」
私は会合の服で茶園に立つ。
定期的に見回って世話をしている、青々とした愛すべき私の茶園。
誰かつけたんだか『ナノ茶園』という立派な看板まで立てられていた。
私は現実逃避気味に栽培状況をチェックする。
「やっぱりあの肥料だと元気がないですね。こっちの区画は有機肥料に切り替えてみますか。無農薬を目指したいけど、ここまでダメなら農薬を使った方がいいですかねえ……」
栽培の悩みはつきない。
紅茶の飲み方について書いている本は山ほどあれど、紅茶の育て方について書いている本は無いからだ。
オマケにここは不思議の国で、高地でもなく濃霧の発生や季節風の到来もない。
ブラッドがほぼ無限に資金を出してくれるとはいえ、失敗も多く、もうかなりの株を土に還してしまった。
――ていうか、この世界の茶園はどこなんでしょう。
紅茶があるということは生産者がどこかにいるはずなのに見たことがない。
おかげで誰にも頼れず、一から自力でノウハウを積み上げるしかない。
「この辺りは、もう少し剪定してみますか……」
ぶつぶつ言いながら茶園に分け入ろうとすると、
「お嬢さん、お嬢さん」
「はい?」
振り向くと、会合用のスーツに着替えたお屋敷の面々がズラリとそろっていた。
声をかけられるまで気がつかなかった。
わざわざ茶園まで迎えに来てくれたらしい。
ブラッドが猫を呼ぶように、こちらに手招きしている。でも私は腕まくりしながら、
「ちょっと待って下さい。第三A区画を半分積んで、半分はオーソドックス製法で三パターンの発酵を試して、残りはCTCでやります。あと百時間帯経ったら出発が……」
「よしよし、帰ってからにしような、ナノ」
最後まで言い終わらないうちにエリオットが来て私の腕をつかみ、ブラッドのところに引っぱっていく。
私は慌てて抵抗した。
「だ、ダメですよ!この間のは渋みが強すぎたから、発酵時間を調整したいんです。
といっても、渋みを強くするパターンと逆に抑える条件を知りたいですから、レポートをまとめる作業も……」
ブラッドが、エリオットから私を引き取り、抱き寄せる。
「最近は飲むより作る方が専門だな、ナノ。
そこまでする君の情熱の出先を、一度知りたいものだ」
紅茶狂のブラッドにまで呆れたように言われた。
「もちろん、あなたですよ。あなたのためです」
私は腰を抱かれながら即答する。
採点者がいるほど熱中するパターンはハートの国から変わりない。
けれどブラッドは言葉につまったようだ。顔を赤くし、
「……っ!……君は……!」
「?」
ボスらしくなくなったボスに首をかしげると、
「お姉さん、サラリと殺し文句を使うようになったね」
「天然なお姉さんもいいよね、兄弟」
双子が謎のことを言い合っている。
でもブラッドはコホンと咳払いし、気を取り直して言う。
「さて、だるすぎる会合も今回で最後だ。行くとするか」
そして私の腰を抱いたまま、先頭に立って歩き出した。
以前ならそれさえ気にかかっただろうけど、今の私は茶園が心配でチラチラ後ろを振り返る。すると、
「ナノ。帰ってから好きなだけ手入れすればいいだろ。ブラッドはあんたの淹れた紅茶なら何だって喜ぶって」
エリオットまで私の頭をわっしゃわしゃにする。
「俺たちも協力するからさ。ゆっくりやってこうぜ」
満面の笑顔で言われて、私は我に返った。

今回の会合は、私にとって宿題の提出期限だ。
本当なら、これで茶園、いや帽子屋屋敷の見納めになるはずなのに。

その割に、ブラッドと話し合うどころか帽子屋屋敷を出るという意思表示さえしていない。


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