続き→ トップへ 小説目次へ ■紅茶を作るよ! ブラッドの部屋のソファに座り、私はテーブルにシートを広げていた。 その上にバラバラと緑色の葉っぱを巻き、スタンドのライトを当てた。 「うーむ……本によればこれでいいはず、なんですが」 このライトの熱でまず水分を蒸発させる。 でも自信がなく呟く。今の私は高価な服ではない。 元の質素な服に着替え、黒エプロン――塔で私がつけていたものと同じデザインのものをわざわざ買ってくれたらしい――をしめている。 とりあえず本棚から引っ張り出した文献を調べつつ、蒸発を見守る。 すると、報告が上がったのだろう、ブラッドが部屋に入ってきた。 「ナノ、ダージリンの群生地を見つけたというのか?」 私は本から顔を上げた。 「ええ。群生地というか、ほとんど茂みみたいな小さなものでしたけどね」 「そうか。報告は何度かあったが、本当に生息していたのか……」 森に野生のダージリンが生えていた。 いくら不思議の国とは言え、でたらめにもほどがある。 ダージリンといえば、深い霧の発生する高地にしか生息しないはずなのに。 でも見つけたものは見つけた。 私は双子に無理やり手伝わせ、一芯二葉までの部分を摘めるだけ摘んできた。 おかげで腰が超痛いです。 ブラッドも何とも言えない目でテーブルに広げられた茶葉を見ている。私は、 「フラワリー・オレンジ・ペコーだけを摘みたかったんですが。 素人の摘み方ですし、本当にほとんど無くて……紅茶何杯分出来るかどうか」 テーブルの上のシートいっぱいに広げているけど、これから時間をかけて乾燥させる。 最終的にはそんなに残らないだろう。それでも長い作業になる。 「それでライトを当てて水分を抜いているわけだな?」 「ええ。そのあと手もみして発酵作業に入ります」 ブラッドも面白そうな表情になっていた。 「製法は?」 「オレンジ・ペコー製法!」 ブラッドに親指を立てる。久しぶりの満面の笑みだ。 機械を使わない手作業中心の昔ながらの製法。 でもそれだけに茶葉が元のまま残るのだ。 そんな私を、ブラッドは目を細めて見ていた。 「あの、ブラッド。邪魔しないでください」 私は自分に持たれるブラッドに抗議する。 彼はずっとソファの真横に座って、私の作業を見ているのだ。 「邪魔などしていないさ。いつものように君に手出しをしていないだろう? 作業を妨害せず、温かく見守っている」 「見守るというならもう少し遠くからお願いします。出来れば地平線の彼方から」 「ふふ。無理なことを言う。今の君から目を離せなど」 ……迷惑この上ない。 大人の男性に体重をかけられ、寄っかかられるだけでかなりウザ……コホン、困る。 私はビニール手袋をし、ライトに当てて乾燥させた茶葉をひたすら手で揉む。 この手の熱でまた発酵が進むのだからすごい。深緑の濃い匂いが部屋に充満する。 でも全て手作業だから、手もみが終わったら、今度は包丁で刻んでさらに発酵させる。その後また乾燥させ、と、まだまだ作業は序盤。 でもブラッドは手伝おうとさえしない。 紅茶の味にとことんうるさい割に、作る方面には興味がないらしい。 妙な行為に及ばないだけありがたいとはいえ、手もみに専心したい私は構われて困る。 ココア作りを手伝ってくれたグレイとは正反対。 …………。 「何を考えているんだ、お嬢さん」 「別に」 「そうむくれるな。私は君の領域を尊重しているだけだ」 そう言って、肩に手を回し……何と肩をもんできた。 あ、ちょっと気持ち良い。 「やけに上機嫌ですね」 「機嫌が良くもなるさ。君が活き活きとして、私のための紅茶を手作りしてくれているんだから」 「…………」 沈黙。 「誰があなたのために作るんですか」 するとブラッドは、意外にしっかりした手つきで私の肩をもみながら、 「私以外の誰が飲むと言うんだ?」 「まともなものは出来ませんよ?製法を確認するためにやっているだけです」 ココアのときも珈琲の生豆のときも失敗を山ほど繰り返した。 そして今は、一切手入れされていない野生のお茶だ。おまけに素人が文献だけを頼りに作るのだ。 「およそ飲めるものには仕上がりませんよ。断言します」 「だが、他の者には飲ませない。どんな未完成な味だろうと。 だから、君は私のために紅茶を手作りしてくれていることになるんだ」 そうして、私の顔をちょっと寄せ、触れるだけのキスをした。 「だから君を見ていて嬉しくなるんだ。ナノ。 私のために、ありがとう」 「…………」 妙な理屈を展開しだしたボスを、思わずまじまじと見る。 ――ブラッドって紅茶が絡むと、結構ストレートですよね……。 「何か言いたげだな、お嬢さん」 「いえ、別に」 私は手もみ作業に戻る。 怖いだけだと思っていたマフィアのボスが、一瞬だけ、好きな子に思いを伝えられない男の子に見えたのだ。 ――いつも、こんな風にいてくれたら、私だって……。 その後はどうしてだか、悲しくて、続けられなかった。 2/5 続き→ トップへ 小説目次へ |