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■珈琲飲みたい

――で、どうやってブラッドを説得しますか。
私は悩んでいた。
グレイへの愛でも、ナイトメアやボリスたちへの友情でもなく。
囲われてるがための自由への渇望でもなく、マフィアへの嫌悪という正義感でも、主義主張でも何でもなく。

――珈琲飲みたい。

それだけでお屋敷を離れると決意した私であった。
というか初めてブラッドに会ったとき。あのときはまだ緑茶禁止で、それで出て来たんでしたっけ。
……成長してないですね。自分。悲しいほどに。
とはいえ、禁止されていると分かると本当に飲みたくなってくる。
緑茶と紅茶と珈琲とココアを等しく愛する私には、今後永久に珈琲が飲めないという状況に耐えられそうにない。

けれどグレイたちの言ったとおり、屋敷のどこを探しても珈琲豆は出てこなかった。
「うーむ……」
屋敷の紅茶保管室で悩んでいると、使用人さんが入ってきた。
「お嬢様〜、ボスがお戻りになりました〜」
「はい、今行きます」
と答えたものの、困ってしまい、膨大な紅茶を睨んでしまう。
「大丈夫ですよ〜ボスはお嬢様の淹れた紅茶なら何でもお喜びになりますから〜」
ブラッドに淹れる紅茶について悩んでいると思ったのだろう。
使用人さんは優しく言ってくれた。
「そ、そうだといいですね。あ、ありがとうございます」
ごまかし笑いをしながら答える。
――いっそ、ブラッドを何とか説得して珈琲を許可してもらえば……。
そしていやいやいや、と首を振る。
本末転倒にもほどがある。
とはいえ、屋敷を出てグレイの腕の中に戻るかと言えば、話はそう単純ではない。

「結局、私はどうしたいんでしょうか」

そこだ。問題は全てそこに帰結する。
私は頭が悪いから、そういった能動的なことは今まであまり考えてこなかった。
でも、この世界でどうやって生きていくのか。
そろそろちゃんと考えないと。でなければ鳥かごを出てもまた連れ戻されるだけ。

「君がすべきことは一つ。私に飼われ、紅茶を淹れることだ」
「!!」

背後から抱きしめられた。
いつの間にか使用人さんは立ち去り。
代わりに血の臭いをかすかにまとわせたブラッドが私を抱きしめていた。
「ただいま。お嬢さん。君の出迎えがないのは寂しいものだったよ」
言いながら大きな手が、私の胸の敏感な部分をまさぐってくる。
「ん……」
思わず甘い声が漏れそうになり、慌ててもがく。
「ブラッド。ここはあなたにとって大切な場所でしょう?
私はあなたに淹れる紅茶を選んでいるんです。邪魔しないで下さい」
「私の紅茶を?その割に、君にしては小難しいことを考えていたようではないか」
ブラッドが笑う。さっきの独り言を聞かれたらしい。
「わ、私だってたまには難しいことを考えますよ!」
自分で自覚していることでも、人に言われるとムッとするものだ。
「ほう?どんな難解な哲学に浸っていたのか、無知な私に聞かせてほしいものだ」
完璧にからかう口調になっている。
とはいえ、あの独り言は追及されると困ったことになる。
「そ、それは……」
私はブラッドの腕の中で焦りながら言葉をつなぐ。
「え、ええと、つまり、あれです。私の外部の空間の中に対象が存在することを……」
以下略。
「………………」
ずいぶんと長くブラッドは沈黙していた。
そして、重々しく口を開く。
「君は疲れているようだな。戻るぞ、お嬢さん」
ブラッドが私の手を引く。
気のせいか彼の視線に、多分に哀れみがこもっているような……。
それにしても、やっぱりブラッドからは血と硝煙の臭いが漂う。
それに気づいたのか彼は、
「臭いが気になるのなら一緒に風呂に入るか?お嬢さん」
「え、いえいえいえ!」
私は慌てて首を振る。
背中を流すだけで終わらないことは明白だ。
けれどブラッドは私を風呂場に引っぱっていく。
「いえ、本当に大丈夫ですから!」
何が大丈夫なのか謎だけど、何とか回避しようとする。ブラッドは離してくれない。
あきらめ気味について歩きながら私はやはり考えていた。

結局私は、銃弾飛び交うこの世界で、どう生きていきたいんだろう。

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