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■グレイの説得・下

――ええと、どうしましょう……。
そして、珈琲を持ち出した途端、私の空気が変わったのを見逃す獣たちではなかった。
「とりあえず一度ここ出ようよ。森で珈琲でも飲みながら考えない?」
「ちゅう!俺、ナノの淹れた珈琲飲みたい!!」
「ナノ、塔ならどんな飲料も許可されている。ナイトメア様にまた珈琲を淹れてやってくれ」
「いえいえいえ!」
私は必死で首を振る。
こ、ここまでさんざん前振りしておいて『珈琲禁止だからやっぱ屋敷を出ます』はありえないでしょう。何というか流れ的に。
「と、とにかくブラッドたちが帰ってこないうちに塔に戻って下さい!
私は大丈夫ですから!」
何とか話をそらす。だけどグレイは退かない。
「引きずってでも君を連れ帰るとナイトメア様に約束したんだ。
一緒にクローバーの塔に帰ろう、ナノ」
「グレイ……でもダメなんです」
流れがどうこうというのはさすがに置いておく。
けれど、いい加減に私の意思の斜め上で物事が進むのは勘弁してほしい。
それに誰がブラッドを説得するかと言えば、自分しかいない。
私は三人に向けてきっぱり言った。
「私がブラッドと話をします。私を信じてください」
トラスト・ミー的な表情でグレイたちを見上げる。けれど
「無理だ」
「無理だね」
「無理だよ〜」
即答されました。
「ブラッド=デュプレはマフィアのボスだ。君に言い負かせると思えない」
「ナノは口げんかとか苦手だろ。逆に言いくるめられるんじゃないかな?」
「君って俺より××××××じゃない。ボスに勝てないと思うけどな」
ちなみに最後のピアスは、即グレイとボリスにはたかれ、涙目になっていた。
「とにかく、お帰り下さい。自分のことは自分で何とかします」
「とにかく、帰るぞ。面倒なことは俺やナイトメア様が引き受ける」
紆余曲折あったものの帽子屋屋敷を出ることで一致した。
けど、何だか平行線になってきた。
ボリスとピアスも困った顔で私たちを見ている。
「っ!!」
そのとき、ピアスが尻尾の毛を逆立てる。
ボリスが銃を抜き、廊下の向こうを見ながら鋭く言った。
「足音だ。もうすぐ誰か来る!」
確かに、いくら人が少ないとはいえ、屋敷内だ。永久に誰も通らないわけがない。
場所を変えて話すにしても、ボリスの開いた通路に気づかれたら厄介なことになる。
グレイはナイフを抜き、マフィアのピアスは『お、俺、どうしよう』という顔だ。
そして私はもちろん、
「だ、ダメです!使用人さんを殺さないで下さい!」
と止めた。帽子屋屋敷と塔の関係が悪化するとか、ピアスの立場がまずくなるとか、そういう反論も出来る。
けど、私に親切にしてくれる使用人さんを殺されたくないという判断が真っ先に来た。
「グレイ、塔を裏切った私に、本当にありがとうございます。
でも、ここを出て自由に暮らすなら、ブラッドと対決しなければいけないんです。
分かってください。ボリス、ピアスも私のためにありがとう。
揉め事にならないうちに帰って」
私が一生懸命に訴えると、グレイはやっと沈黙し、
「君は誰も裏切っていない。俺はただ、君を説得出来ない自分を恥じる」
と、それだけ言った。ボリスもすぐ了解したようだ。
軽やかに跳躍して扉の前に戻ると、
「ピアス、入れ!ぐずぐずするな!」
と呼んだ。ピアスは『じゃあね』とだけ私に声をかけ、慌てて扉をくぐり、見えなくなる。
使用人さんの足音は、私に聞こえるくらい間近に迫っていた。
「トカゲさん、早く!」
小さく叫ぶボリスの声に焦りが混じる。
私はやっぱり、土壇場でグレイが私の手を引っぱるのではないかと言う気がした。
無理やりにでも塔に連れ戻すのかと。
けれどグレイは全く別のことを言った。
「君が以前提案したアイデア。発案者の君がいないから、塔の方で勝手に準備を進めている」
「え……」
今となってはずっと前のことに思えるが、前の会合のことだ。
エースに会って思いついたアイデアをグレイとナイトメアに話して賛成してもらって。
でもすっかり忘れていた。
「トカゲさん、早く……!」
猫だからこそ足音がすぐそこだと分かるのだろう。ひそひそ声で必死に呼びかける。
そしてグレイは一度何か言いかけ、私の顔を見て言葉を飲み込むと言った。
「会合で会おう!」
そう言って走り、ボリスとともに扉の向こうに消えた。
そして、扉が元の帽子屋屋敷の扉に戻る。それと同時に、
「あれ〜、お嬢様、どうされました〜?」
だるだると、使用人さんが廊下の角から姿を見せた。
「あ、あはは。ちょっと風に吹かれてまして」
私は微笑む。けれど使用人さんは、
「ゴミが目に入ったんですか?お取りしましょうか〜?」
と心配そうに言った。
そして私は、自分が泣いていたことに気がついた。

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