続き→ トップへ 小説目次へ ■グレイの説得・中 「それで本当に君はいいのか?マフィアに屈し、奴の玩具になる生活がいいと?」 グレイは私の返答を予測していたようだった。 そして着飾られた私を見る。エースやボリスたちと違い、彼は不快そうだった。 「俺には今の君が幸せだとはとても思えない。 あの弾けるような明るさが消え、ほとんど笑わない今の君が……」 「でも、ここで逃げてもまた連れ戻されると思うんですよね」 本当だ。私は何度もブラッドから離れている。 最初のお茶会、1回目の滞在、会合での再会、記憶喪失時……。 けど、離れるたびに見つかって連れていかれる。 そして、ブラッドの執着の度合いもどんどん強くなっている。 同時に逃げることもだんだんと困難に。 最後のあたりは街に行っても危険、自分の部屋の周囲から離れても危険という状態だった。 クローバーの塔は確かにみんな優しく、楽しかったけど、自由な生活ではなかった。 戻ったところで、マフィアに怯え続けるだけで同じこと。 なら本当にグレイと結婚してはどうか? それもユリウスのときの狂言で、どういう結果になるか分かっている。 手に入らないのなら殺すと私に言い切った男だ。 気まぐれで知られるボスは、いつかは私に飽きるのかも知れない。 けれどそれがいつだか想像もつかず、それまで塔の中でだけ過ごすことも出来ない。 もちろんお城にはウサギのストーカーと……騎士がいる。 危険の度合いではブラッドに引けを取らない男が。 結局、この国のどこにいても私はそんなに幸せではないのだ。 「私、ブラッドからは逃げられないと思うんです」 「ナノ!!」 案の定、グレイは怒った。 「そんなことでどうする!逃げる意思を捨てては奴の思うつぼだ。 塔に戻り、一緒に考えよう。この国の領主が君の味方なんだ!」 吐血する領主が。私は少し疲れ気味に言う。 「逃げる意思と言われましても……別に拷問を受けているわけではないんですし。 帽子屋屋敷に住むのに何も不自由はありませんよ」 最初の滞在地なのだ。何だかんだ言って愛着はある。 時計塔に行ったときは、逆に帽子屋屋敷が恋しくて泣いたこともあるくらいだ。 「エリオットも、ディーもダムも、使用人さんも優しいですよ。 食べ物は美味しいし、欲しいものは何だって買ってもらえます」 そうはいっても、自分から何かねだった事はないけれど。 「ナノ……」 グレイが悲しそうに言う。失望されていると思うと胸が痛い。 けれど、こんな私を愛してくれる、人が良すぎる彼にこれ以上迷惑をかけたくはない。 彼は苦しそうに考え、力なく言葉をつむぐ。 「もう戻ってはくれないのか?君のあの厨房に。もう珈琲は淹れないのか?」 うなだれるグレイに、私も力なく微笑む。 「紅茶や珈琲は帽子屋屋敷でも淹れられますよ」 するとグレイは顔を上げた。 「え?帽子屋屋敷は珈琲禁止だろう?」 …………。 「え?そうなんですか!?」 私は思わず顔を上げた。 最初に滞在したときは、まだ珈琲についての知識はなかった。 舞踏会のときに珈琲の臭いがどうこう言われたけど、それは単にユリウスに絡めて嫌がっているのだと思っていた。 記憶喪失のときは紅茶をマスターするのに必死だった。 再度ここに連れてこられたときはブラッドの言いなりになっていて珈琲どころではなかった。 でも私は軽く考えていて、珈琲研究もいずれ再開させよう、と何となく思っていた。 「ブラッドって、珈琲嫌いなんですか?」 戸惑う私にグレイどころか、何となく寄ってきたボリス、ピアスまでが『今まで知らなかったの?』という顔をしている。 「ブラッド=デュプレは紅茶とアルコール以外の飲料を認めない。 むしろ君の緑茶を許可していること自体が奇跡なんだ」 「帽子屋さんの珈琲嫌いは有名だよ、臭いもダメなんだって」 「俺、珈琲派だからボスに撃たれて屋敷を逃げてきたんだよ」 「え、えー……」 私は後じさりし、そして思った。 ――え、ていうか、それなら帽子屋屋敷にはいられませんよ、私。 呆然と思う。そこは譲れない一線だ。 ユリウスのために始めた珈琲だけど、今は緑茶と変わらないくらい愛している。 2/5 続き→ トップへ 小説目次へ |