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■グレイの説得・上

グレイはまっすぐに私を、ブラッドの物になった私を見つめている。
『何でここに?』『帰って下さい』と冷静な反応を返すべきだと分かっていた。
でも返せなかった。
気がつくと私は走っていた。
いつも私を守り、優しく抱きしめてくれるその人の胸に。

「グレイ……グレイ!!」
「ナノっ!!」

グレイも駆けてきて、私を強く抱きしめ……ようとして止まった。
代わりに彼は慌てて後じさり、鋭く言った。
「俺に触れるな、ナノ!」
「え……?」
私は少なからずショックを受けて止まった。
グレイの姿を見て、自分が思っていたよりずっと彼に会いたかったのだと気づいた。
私が何をされてもグレイは受け入れてくれるという甘えもあったからだろう。
だからこそ拒否されたことは衝撃だった。
クローバーの塔を裏切ったから?ブラッドの選んだ服を着ているから?
私の身体が別の男のものになったから?理由は山ほど考えられる。
「ち、違うんだ、ナノ。そんな泣きそうな顔をしないでくれ。
俺だって出来れば君を抱きしめたい。だが……」
グレイが慌てて言う。
「落ち着けよ、ナノ。トカゲさんの臭い、分かるだろ?」
「あ……」
嗅覚の鋭いボリスに言われ、気がついた。
煙草の臭い。グレイから常に漂う大人の香り。
抱きしめられでもすれば、確かに私に移ってしまう。そしてブラッドは見逃さないだろう。
「すまない……禁煙していれば良かった」
ちょっとずれたことを言って残念がるグレイに、私は思わず笑った。
グレイは離れていても優しい人だ。

それから、ピアスたちに周囲を警戒してもらいながら私たちは話した。
少しもどかしい会話だった。
私はもう少し近づいてもいいと思ったけど、臭いが移るのを心配したグレイは、私から距離を取って話す。
ボリスとピアスも礼儀正しく離れ、私たちの会話に立ち入らないようにしてくれた。
グレイは私から離れた場所に立ち、言った。
「当初は君が元の世界に帰ったのかとさえ思って慌てたんだ。
三月ウサギとブラッディ・ツインズが巧妙に目撃者を消していて、帽子屋屋敷にいることさえ、つかめなかった。その後、ナイトメア様が君の夢に入って……」
「そうだったんですか……」
「ナイトメア様は、君から何を聞いたのか、君の選択に任せろと言った。
だが、俺は到底納得が出来なかった。
略取、監禁は許されないと帽子屋屋敷に何度も抗議した。
だがブラッド=デュプレは、お茶会にナノを招待しただけで、以降は合意で滞在してもらっていると突っぱねる。
ナノは出ようと思えば出られるし、監禁しているわけではない、と。
それでナイトメア様を引きずり、二人で対策を練っているところに、騎士が来た」
「エース……」
どういうつもりか分からないけど、今は感謝した方がいいのか。
それとナイトメアはもう少し自分の意志を貫いた方がいいのでは。
「騎士はいろいろ話してくれた。君は確かに監禁されている風ではなかったと。
だが、ボスの女になってしまい、もうあきらめているようだったと教えてくれた」
「…………」
そういうことまで言わなくていいのに。それにそこまで諦観しているわけでは……あるかな。
グレイは私に語りかける。
「ナノ。クローバーの塔に戻ろう。チェシャ猫のつないだ扉をくぐるだけでいい。
あとは俺に任せてくれ。
君についてとやかく言う奴がいたら、俺が全て切り裂いてやる」
「……!」
獰猛に微笑むグレイに、いつかの夜に見た、昔の彼とやらが重なる。
グレイは本気だ。私の陰口をたたく人がいたら、本当に自慢のナイフで斬るつもりだ。
「…………」
私は沈黙し、ため息をつく。
――私がグレイに恋していたら良かったんですが……。
そうすれば、ここで話は終わったんだけど。
マフィアに囚われていた悲劇のヒロインは、トカゲの王子様に助けられ、手に手を取って扉の向こうに消えました。
そして二人はいつまでも幸せに暮らしました。
うーむ。スタッフロールが出そうですね。
でも……。

「俺は君を愛している。塔に戻り俺と一緒になってくれ」
「私は屋敷に残ります。グレイたちは帰ってください」

私たちは距離を取り、見つめ合った。

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