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■猫とネズミと

その朝の時間帯。帽子屋屋敷の門前には、そこそこの人数が集まっていた。
ブラッドにエリオット、ディーとダムを始めとするお屋敷の精鋭たち。
数十人はいるだろうか。彼らはそれぞれに武器を持っている。
私はブラッド好みの高価な服とアクセサリーに着飾られ、門まで見送りに来た。
みんながどこに行くのか、私は聞きもしないし、ブラッドも話さない。
「それではナノ。行ってくるよ」
出発前、ブラッドは身をかがめ、皆の前でキスをした。
もう人前ということは関係ないようだし、エリオット達もその光景を当たり前のものと見ているようだった。
そして精鋭たちはわらわらと門から出て行く。
エリオットたちが振り向きざま手を振ってくれた。
「それじゃあな、行ってくるぜ、ナノ!」
「お姉さん、僕たちがんばるからね」
「敵を皆殺しにしたら頭撫でてね〜」
「いってらっしゃい。気をつけてくださいね」
何に気をつけるのか分からないけど。
そしてブラッド達は出発し、門は硬く閉ざされる。
「それでは、お嬢様。俺たちは仕事に戻ります〜」
「何かご用があったらお呼び下さい〜」
待機の使用人さんたちが私に頭を下げ、それぞれ仕事に戻っていく。
私もうなずいて彼らを見送り、屋敷に戻ることにした。

ブラッド達がいない屋敷はどこか寂しい。
私はとぼとぼと廊下を歩きながら、
――これからどうしますか。
戻って来たブラッドを労うためにブレンドティーを研究すべきか。
私にうつつを抜かすようなこともたまにするけど、ブラッドは基本的に紅茶に厳しい。
あの最高級オレンジ・ペコーは未だに使いこなせず、淹れるたびにブラッドにダメ出し……とまあ、アレなお仕置きを受けるので、最近は安易に使えない。
――もう少し先人の文献も漁ってみるべきですかね。
なら資料の多いブラッドの部屋に帰るか、と私はひと気のない廊下を歩いた。
そのとき、私の名を呼ぶ声がした。

「ナノ、ナノ!」
「え……?」
今、この屋敷に私を名前で呼べる者はいないはず。
誰かと思って振り向くと、廊下の柱の陰に、

「……ぴ、ピアス!?」

間違いない。記憶喪失の私を助けてくれた臆病な眠りネズミさん。
マフィアのはずなのに、なぜか森に住み、ちゃんと話すのは会合以来だ。
「しーっ!しーっ!」
必死で口に人差し指を当てる。私は小走りに駆け寄り、そういえばこのネズミさんはマフィアだったと思い出した。
けれど今まで見かけたことはなかった。もっと会いに来てくれればいいのに。
でも嬉しくて微笑む。
「お久しぶりですね。どうしたんですか?何かブラッドの使いとか……」
「ち、違うよ、俺、屋敷のことに詳しいから案内で来たんだ!」
「案内?」
慌てているためか、どうも言っていることが当を得ない。すると第二の声がした。
「ナノ。久しぶり」
「ボリス!!」
本物の猫のように柱からしなやかに現れたボリス。
よく見ると、空間をつなげたらしい扉が背後に見えた。
私は喜んで、ボリスの手を取った。
「ボリス。会えて本当に嬉しいです」
久しぶりに笑顔になれた。ボリスはというとそんな私に少し目を見張り、
「ナノ。あんた、可愛くなりすぎ。すっっっごくきれいになったね」
「うんうん。俺も驚いた。本当にボスの女って感じ」
「あはは……ど、どうも」
何だか複雑だ。というかどういう風に見えているのか。
「それで、二人して遊びに来て下さったんですか?」
ならすごく嬉しい。久しぶりにブラッド以外にお茶の腕をふるえるかもしれない。
けどボリスは首を横に振る。
「そうだと言いたいけど、違う。俺はチェシャ猫だから、空間をつなげたんだ」
「え?はあ、そうですね」
よく分からず、戸惑う私にボリスは続ける。
「騎士さんからあんたの話がこっちに伝わってきた。で、俺がここにつなげたわけ」
「お、俺だってボスやエリーちゃんたちが出かけるって教えたんだよ!」
「え?え?」
よく分からない。
――ええと、つまり……。
つまり最初にエースが、私に会った事を公表(?)した。
そしてピアスがブラッドたちの外出情報を漏洩。
その情報を元に、ボリスが空間をつなげた。
という流れらしい。それはそれで把握したけれど、
「それで……ええと、そこまでして私に何のご用なんですか?」
よく分からず、困って二人を見ると、第三の声がした。

「ナノ……」

「――っ!!」
声の方を見て、私は言葉を失う。

グレイ=リングマークが立っていた。

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