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■服従・2

「欲しくないです、そんなもの!」
どんな趣味だ、とブラッドを呆れて見上げる。けれどブラッドは、
「あの茶葉と小瓶。
一度それを奪い、その事に君がどう反応するかを見て確信した。
君は自分の居場所に不安を抱えているんだ、お嬢さん」
「……否定はしません。だってすぐに爆弾で家が吹っ飛ぶ世界ですからね」
すぐに銃を持ち出す世界だ。死にかけたことも一度では無い。
でもそれが飼い主うんぬんとどうつながるというのか。
「でもそこまで必死じゃ無いですよ。このお屋敷が嫌になったときも、すぐに出て行ったでしょう?」
「ハートの国には時計塔があったからな。
あそこの家主は、押せば食と住まいを提供してくれるお人好しだ。
君はそう事前に知っていたから、屋敷を出るという博打に出る事が出来た。
だが引っ越しで、その住まいも失った」
「…………」
警鐘が鳴る。ブラッドは何を言おうとしているのか分からない。
それなのに心の奥底で狂ったようにベルが鳴らされる。
けれど私は凍りついたように動けず、ブラッドも非情に言葉を続けた。
「だから君はクローバーの国では妥協することにした。
トカゲが自分に好意を持つと知るや媚びを売り、居場所を絶対のものにしようとした。
君の頭にあるのは他人への好意では無く、常に生存の確保だ。違うか、ナノ」
「全く違います!私の趣味が珈琲や紅茶を淹れることだとお忘れですか!?」
私に対しての重大な侮辱だし、グレイに対しても失礼だ。
それに、だったら何で優雅にお茶を淹れたり飲んだり出来るのか。
「その割に、一番お気に入りの緑茶を研究する事には熱心でなかったな、君は」
「それは……」
確かに私は珈琲や紅茶、ココアの研究に熱中した。
でも緑茶は別格だし、趣味についてブラッドにどうこう言われる筋合いはない。
「時計屋は珈琲、トカゲはココア、私は紅茶が好きだと、つきあうにつれ君は知る。
嗜好飲料の腕前が宿主の機嫌を左右すると異世界に来た君は学んだ。
だから上手く淹れることにあそこまで熱心になった。
短期間で成長するわけだ。腕前が生存に直結するのだからな。
命に関わるのであれば、誰だって死にもの狂いで上達しようとするだろう」
「違う!あなたはおかしいんじゃないですか?ブラッド」
最初に帽子屋屋敷にいたとき、別に紅茶を淹れてなんかいなかった。
……代わりに命がけで紅茶を盗んだりはしたけれど。
でも私は珈琲やココアを淹れて皆が喜んでくれる顔が大好きだから淹れる。
ユリウスやクローバーの塔が好きになったから。
グレイも良い人だ。だから奪われてもいいと思った。
いったい、そばにいたわけでもないマフィアのボスが何を言っているのだろう。
「いい加減にしてください。さっきから聞いてると、まるで私が人間不信の塊みたいじゃないですか」
ブラッドは、私が皆にゴマをすろうと淹れ方を覚えた、とでも言いたいのか。

「そのとおり。君は人間不信の塊だよ、お嬢さん。
もはや病の領域のな。だから敬語を使い、他人との関係を拒絶する。
対等な位置に立とうとする相手はむしろ恐怖し、粗暴な言葉で遠ざける」
「……そんなことは……」
ブラッドは深い緑の瞳で私を見下ろし、頬を撫でた。
「誰も君と同じ目線には立てず、君の視界に入らない。
君は全てを見上げ、同時に見下している。それが、君の世界へのせめてもの復讐か」
「ブラッド。精神分析ごっこがしたいのなら、他をあたっていただけませんか?」
「ふふ。そうすねるな。待たせて悪いとは思っているよ」
そう言って、ブラッドは私に唇を重ねた。
「ん……」
ブラッドの体重が私の全身にかかる。
舌の絡む音が部屋に響き、しばらく続いた。
やがて光る糸を引いて顔を離し、ブラッドは言った。
「君は今も望んでいる。安全な温かい寝床を。それを保証してくれる飼い主を。
だが根深い人間不信ゆえに、同じ人間嫌いの時計屋以外にはなじめなかった。
クローバーの国になって長いというのに、今もどこにも落ち着けず、さ迷っている」
「ブラッド……もう止めてください……!」
言葉に対してなのか、行動に対して懇願しているのか自分にも分からない。
けれどブラッドは私の服に手をかける。
「君は誰の事も愛していない、と確認させただけだ。
そして君が最も望むものを提供できるのが私だけだとな」
「ブラッド=デュプレ……お願い……」
「君の負の部分を知ったうえで、私は君を拾おう。
もう、雨の中をさ迷うことはない」
「ブラッド。私は……」
「私に従え、ナノ」
「…………」
よく分からない。ブラッドの言う事は見当違いの当てずっぽうだと思いたいのに。
言葉が出ない。彼が一言つむぐごとに、私から抵抗する意思が抜けていく。
そんな私を見、ブラッドは私の服の中に手を忍ばせる。
「それが君のゲームだろう。さあ、新しい飼い主を喜ばせてみろ」

「……はい」
気がつくと、私はそう答えていた。


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