続き→ トップへ 小説目次へ ■服従・1 夢を見ていた。 私は歩いている。 夜道を一人で。フラフラと。 足が止まらない。風が冷たいしお腹もすいた。 でもどうすることも出来ない。 結果として私は一人で歩き続けた。 場所なんて分からない。 いったいここがどこなのか。 何で自分がこんな場所を歩いているのか。 私はどこに向かうつもりなのか、あるいは誰に会うつもりなのか。 わからない。でも……。 夢の中で私は立ち止まり、両目を手で押さえる。 押さえていても自然と涙があふれてくる。 あふれた涙は嗚咽に変わる。 ただ悲しかった、とても悲しかった。 私には、行く場所も帰る場所もない。 私は一人ぼっちで泣いた。泣き続けた。 『思い……出した……』 ………… 暗闇の中でどれだけ泣いただろう。 私は涙で塗れた両手を離した。 『……?』 両手は少しも濡れていない。 その代わり、私の手の中にあったものは―― ………… ブラッドは椅子に腰かけ、もう飲めなくなった玉露の茶葉を見ている。 「と、塔からすぐに助けが来ます。会合の主催者も黙ってはいないですから!」 強気で抗議する私の声は、震えていた。 変な夢を見たせいかもしれない。 変な夢から起きたら帽子屋屋敷のブラッドの部屋だったせいかもしれない。 目覚めたときソファに寝かされていたせいかもしれない。 他は別に何もされていないのだけど。 ブラッドはいつもの変な服に着替え、帽子を脱いだ姿で座っていた。 ただ、私が大切にしていた玉露の袋はあまりにもアッサリ切り裂かれ、内臓をかきだされるようにブラッドの卓の上に広げられている。 それをブラッドはじっと見ていた。 茶葉を、茶葉の中に埋もれた小瓶を……ヒビの入った小瓶を。 「この前の記憶喪失のときと違うんです。私も大人しくなんかしてやらない。 何もかもあなたの思い通りになるわけではないんですよ!?」 挑発的に言うけれどブラッドはまるで鑑定士のように茶葉を探っている。 故意に無視しているというより本当に私の声が聞こえていないように何か考えていた。 身体が震える。 部屋は暖かいはずなのに、寒くて仕方が無い。 どれだけ経っただろう。 私が何を言ってもブラッドは答えず、ただ小瓶と玉露の茶葉を見ている。 でもそれに触れられるたび、自分の内がかき乱される不快な思いがした。 やがて緊張で死んでしまうのではないかと思ったとき、ブラッドが立ち上がった。 私はソファの上でビクッと身をすくめる。 マフィアのボスは、ゆっくりとこちらに歩いてくる。 私はソファに縫いつけられたように動けない。 今は、二度目の記憶喪失のときと違うのに、彼が怖くて仕方なかった。 やがて、ブラッドがゆっくりとソファに来て……私をあっさりと押し倒す。 「やめて、ブラッド!」 私は怒りをこめて見上げ、暴れた。グレイのときとは違い最後まで抵抗するつもりだ。 いくら私が小娘でも、全力でもがけば、マフィアのボスも手こずるだろう。 けれど私を見下ろすブラッドは、静かな瞳をしていた。 「怖い夢を見たのか?お嬢さん。さっきはうなされていた」 優しく言われても、全く嬉しくない。 「いいえ。欲しい物が手に入る夢です」 ぶすっとして言う私に、ブラッドは言った。 「違うな。君が欲しい物は、『飼い主』。つまり私だ」 1/5 続き→ トップへ 小説目次へ |