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■玉露があった!

グレイが青空に変わった窓の外を見て固まっていた。
「グレイ、別に明るくたっていいじゃないですか」
私は続きをねだる。
けれどグレイは本当に口惜しそうな顔で、
「……仕事だ。今回の会合が終わったから、後片付けと次の会合の準備作業に入る」
「…………えー」
そういえばずいぶん長い事彼を引き留めていたのだった。
「どうする?急いで終わらせることも……」
「そ、それはちょっと」
「……だな」
グレイは少しがっかりしたみたいだった。
でもこちらも初めてだ。相手が仕事に気を取られた状態で性急に結ばれたくは無い。
はあ、と中途半端な身体に肩を落とすと、グレイが優しくキスをしてくれた。
「何、すぐに終わらせる。その後で、君の計画のことも含めて二人で話し合おう。
今度は一緒に食事でもして、食後に君のココアを飲んで。……その後、ちゃんとベッドの上でな」
優しく微笑まれ、知らずに顔が赤くなってきた。

その後、私たちはシャワーを浴びて髪を乾かした。
そして私は部屋の前までグレイを送っていった。
――な、何だか朝帰りっぽいですね。
夜の時間がもう少し長引いてくれていたら本当にそうなったのだけど。
「それじゃあ、いってくる」
「早く帰ってきて下さいね」
私たちはさながら新婚夫婦のように抱きしめあい、キスをする。
――あとは私がグレイを好きになれていたら完璧なのに。
「それと、君の玉露の袋も見つけないとな」
ふと思い出したようにグレイが言う。
その瞬間、私も、
「あーっ!!」
わ、忘れていた……。
「ぎ、玉露、玉露が玉露が……ど、どうしよう……」
「落ち着きなさい、ナノ」
コロッと元に戻った私にグレイがため息をついた。

「ぎ、玉露玉露、玉露の袋はどこですか……」
再び挙動不審モードに戻った私は、クローバーの塔を徘徊していた。
グレイが知ったら嫌な顔をするだろうけど、やっぱり手が寂しくて、私はあの紅茶の缶を抱えている。
会合が終わったためか、人通りは心持ち減っていた。
たまに通る会合のお客は軒並み帰り支度。
塔を出て自分の領土に帰る人たちの流れは、窓からも見える。
会合は今回で終わりでは無いとはいえ、お祭りの終わった後のような寂しさがどこかにあった。
――ブラッド。
私の胸がズキリと痛む。
手の中の、もらった紅茶の缶をぎゅっと握りしめる。
次の会合まで会う事はない。
その会合も地形が安定するまでのことで、永遠に続くわけではないらしい。
――て、何でブラッドのことを考えていますか私。
恐怖と怒りを感じるべき対象なのに。
紅茶の件だけではないと思いたい。いつの間にほだされたのか。
彼の事を考えると、以前は怖かったのに、今はよく分からない砂嵐のようなものが内をかけめぐる。
「でもマフィアなんて……」
最低だ。乱暴で騒々しくて汚れていて。
あんな連中の内に飛び込むより、堅実なグレイの腕に守られていた方が、どれだけ幸せなことか。
「……グレイ、いつ帰ってきますかね」
山あり谷ありで喧嘩もしたけれど、今度こそグレイと上手く行きそうな感じがする。
「ど、どっちの部屋に行くんでしょう。私の部屋、掃除しておいた方がいいですかね」
一人で身悶える。ドキドキと高揚で浮き足立ってきた。
そして、そこで思い出す。
「で、でもやはり玉露を探さないと」
落ち着かない。不安で心配で心配で。
私は目を皿のようにして、玉露を探し、人気の無い廊下を歩いた。そのとき
「おーい、ナノーっ!」
後ろから私を呼ぶ声がした。
振り向くと、スーツ姿のエリオット=マーチが手を振っていた。
いつの間にか客室の領域に入り込んでいたらしい。
グレイに行くなと止められていたのに。
「あ、エリオット!お久しぶりですー!」
私は笑顔で手を振る……けど、まあ、この間グレイやナイトメアにどうこう言われたばかりなので、一応距離を取って近づかない。
それに、来てない場所に玉露があるわけがないし、引き返した方がいいだろう。
けれどエリオットは戻ろうとした私に、
「おーい、これ、あんたのだろ?」
あるものをかざしてみせた。それを見て、私の口が『あっ!』という形に開かれる。
「あんたのお茶の袋だろ?」
「あ、ああーっ!!」
私はさっさと警戒心を投げ、エリオットに駆け寄った。
彼が持っているのは探し求めていた玉露の袋だった。
「廊下に落ちてたぜ。大事な物なんだから、もっとしっかり保管しとけよ」
「本当に探してたんです。ありがとう、エリオット」
私はえへへ、と笑い、若干すごみの増したスーツのエリオットに手を出す。
これでもう安心だ。けれどエリオットはすぐには渡してくれず、
「ちょっと待ってくれナノ。もう少し腕を上げてくれないか?」
いきなり変わった指示を出してきた。
「え?こうですか?」
首を傾げながらも、早く玉露を返してほしいので、言われたとおりに腕をあげた。
ちょうど胸からお腹の辺りを空ける格好に。エリオットは笑ってうなずきながら、
「そうそう。そんな感じだ。それじゃ悪いな、ナノ」
「え?」

瞬間、何が起こったのか分からない。
ただ鳩尾のあたりを突き上げるような衝撃が走った。

崩れ落ちる瞬間に誰かが私を支える。
そしてどこかで聞き覚えのある声がした。
「バカウサギ!!お姉さんのお腹を殴るなよ!!」
「仕方ねえだろ!失神させた方が楽なんだから」
「にしてもお姉さん、ちょろすぎだよね。本当に動物には弱いよね」
「うるせえぞ、ガキども。よし、トカゲに見つからないうちに帽子屋屋敷に運……」

それきり私の意識は闇に落ちた。

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